八雲町史 年表

年号 西暦 八雲のできごと 日本のできごと
天正18 1590   ・蛎崎慶広京都に上り豊臣秀吉に謁し、従五位に叙せられ、民部大輔に任ぜられ、蝦夷島主を以て待遇せらる。これより安東氏の配下を脱して独立す。
文禄 2 1593   ・正月慶広肥前名護屋の陣中で秀吉に謁し、志摩守に任ぜられ、蝦夷に関する制書および貢鷹の朱印を下賜さる。
慶長 4 1599   ・慶広、大坂において徳川家康に謁し、地図および系図を献上この時蛎崎の氏を松前と改む。
慶長年間 1596
〜1600
・このころ野田追場所が設置され、小安・戸井・尻岸内・尾札部・茅部場所とともに箱館六か場所と称す。  
・このころユーラップ場所(山越内場所の前身)は青山与右エ門、野田追場所は新井田権之助の支配となったらしい。  
寛永年間 1624
〜1643
・この時代のものと思われる寄鯨の骨と、それから油脂を採ったり肉を貯蔵用に処理したと思われる炉の跡が東野の浜で発見。(昭和47年)  
寛永17 1640   ・6月13日、内浦岳(駒ケ岳)大噴火し、津波が起こり、船100余隻、溺死者700余人。
寛文 5 1665 ・このころ江州伊吹山、平等院の僧円空渡来、各地を遍歴して堂社を起こし、なた作りの仏像を納めた。そのうちの一体と確認されるものが、山越内諏訪神社に安置さる。   
寛文 9       ・6月、日高のコタンの長シャクシャインが乱を起こし、幕府は松前泰広に叛夷追討を命ず。
延宝年間 1673
〜1680
・遊楽部鉛山から鉛を少し産出したが、交通不便のため中止。   
元禄 8 1695 ・茅部場所と野田追場所の境界紛争があり中分して治む。  
元禄13 1700 ・松前藩、幕府に「元禄御国絵図」献上、この地図に「おとしべ」「のだへ」(野田追)「ゆうらっふ」の地名記載さる。  
宝永 8 1711 ・箱館の人、角屋吉右エ門、松前藩に請願、箱館六か場所の海産物一手買い上げを請け負い冥加金九六〇両納入、このころから野田追場所へ出稼ぎに来るもの多数あり。  
正徳 5 1715 ・松前志摩守矩広、幕府に落部以北の蝦夷地農耕状況を報告。  
元文年間 1736
〜1740
  ・清国への輸出品、長崎俵物と国内需要の増加により昆布生産増加す。
宝暦 5 1755   ・奥羽地方飢きんのため、難民多数蝦夷地へ渡来、この年以降三か年茅部ニシンの大漁続く。
宝暦14 1764 ・3月、津軽根岸の人、相木仁三右エ門・掛村次郎兵衛、南部佐井浦の人、相木久右エ門の三戸、落部に移住漁業を経営、これが記録の上では落部最初の移住者。  
・落部八幡宮創建。  
明和 3 1766 ・幕府中村安右エ門を派遣、遊楽部鉱山調査。  
明和 4 1767 ・野田追場所の本村を野田追とし落部を支郷とす。   
・江差の人、岸田市三郎この年から一〇か年、産出額の10分の1を運上金として許可を得、遊楽部鉛山の採掘を開始するも利益僅少のため、これを放棄す。  
安永 元 1772 ・遊楽部鉱山で鉛と銀採掘、山崩れのため死者多数。  
安永 2 1773 ・山越内に会所を設置、請負人の支配となる。  
安永 5 1776 ・落部に定住するもの多数、村民協議の上、落部を本村、野田追・茂無部を支郷とす。  
天明 2 1782 ・落部八幡宮を氏神と定む。  
天明 4 1784 ・村上八十右エ門が落部稲荷神社を創建。  
天明 6 1786 ・幕吏佐藤玄六郎行信来道、紀行文「蝦夷拾遺」を著作、これによるとノタヲイ(野田追)とユーラップに運上屋ありと記載。  
・当時の知行主・請負人・運上金は次表のとおり。  
場所名 知行主 請負人 運上金
野田追 新井田伊織 江口屋平右エ門 金70両
ユーラップ 青山薗右エ門 材木屋藤右エ門 金30両
 
寛政 3 1791    ・野田追場所の運上屋が茂無部にあった。請負人河崎屋新六、運上金六〇両、産物はコンブ六〇〇駄・ニシン八〇〇連  
・ユーラップ場所は青山遠右ェ門の給所で、請負人川崎新六、運上金四〇両。  
・菅江真澄来道「蝦夷廼手布利」を著し、これによると有珠山へと志し、途中オトシベ・ヤマコシナイ・ユーラップに立ち寄りアイヌの生活を紹介。   
・野田追恵比須神社創建。  
寛政 8 1796   ・英国船プロビデンス号(船長ブロートン中佐)虻田に入港、内浦湾を噴火湾と命名。
寛政10 1798 ・ユーラップに善九郎という百姓居住。 ・松前藩幕命により、ばれいしょの種子をアイヌに供与、試作。
寛政11 1799    ・幕府蝦夷地を直轄し南部藩・津軽薄に命じてサワラ以東を警備させ、各場所請負人を廃し官営とし、会所を建て吏員を置く。
  ・幕府蝦夷地東西場所にそ菜を試作。
  ・幕府鉄銭一万貫を江戸から廻送して、蝦夷地の通用に供す。
  ・幕府江戸にて町医者を雇人、東蝦夷地に配置、和人・アイヌの治療にあてる。
  ・幕府、南部から馬を移入、各場所に配し、日用に供す。
寛政12 1800 ・幕府は4月、六か場所を村並とし、山越内を「華夷の境」と定む。  
・ヤマコシナイは、この年から御用地となり、支配人は治兵衛、番人9人、在住稼方8軒、男女30人。  
・会所普請のため家内持大工一戸を移住さす。  
・ヤマコシナイ会所前に「耶蘇宗門に随う者、外国人に親しむ者云々」の高札が立てられ、毎日両三度アイヌ人に読み聞かす。  
享和 元 1801 ・山越内関門が設置された。  
・落部相木仁三右衛門「百姓代」を申し付けらる。  
享和 2 1802   ・2月、幕府、蝦夷奉行を設置、5月、箱館奉行と改め、東蝦夷地を永久幕府の直轄と定む。
享和 3 1803 ・落部に駅逓設置。  
文化 元 1804 ・落部に東流寺の前身専念寺落部道場(説教所)設置。  
・このころ南部大畑から酒造りの人が来て水車を仕かけ酒造り開始、このため酒屋川の地名が残ったといわれる。  
・このころから津軽・南部方面から移住人入植。  
・ユーラップに番屋・旅宿・休所があった。  
・このころからユーラップ場所は山越内場所と呼称。  
・野田追造船廠が造られ歓厚丸(一二六〇石)などを造船。  
文化 2 1805 ・箱館奉行所落部に浦高札を立てる。  
・このころヤマコシナイの産物は良タラ四五〇文・コンブ九六貫・サメ殼五七貫・サケかす八〇貫・棒タラ五五文・カスベ撰一貫一一〇文。  
・御用船御仕法により山越内から江戸までの船輸送は露木元右エ門・長谷川沖右エ門が引き受け、運賃は一〇両。  
文化 4 1807 ・福山の人、漁業繁栄のため、山越内に諏訪神社創建。 ・3月、幕府は西蝦夷地を収めて直轄し、松前氏を陸奥に移封。
  ・10月、箱館奉行を福山へ移し、松前奉行と改称。
  ・この年、羽太正養「休明光記」著作。
文化 6 1809 ・「毛夷東環記」によれば、山越内詰合は同心遠藤斧八で葦屋4、夷家6、7軒ユーラップに夷家11、2軒、ブイタウシナイには夷家2、3軒、フレムカラ(山崎)には夷家4軒、シラリカには夷家6、7軒と記載。  
文化 7 1810 ・この年の調べによると山越内酒造1軒、図合船2そう、夷船53そう、諏訪の社、善光寺庵があり、御雇医師は成田堯。 奉行所がこんぶ粗悪製品を厳重に戒める布達公布。
・福山隆福が山越内会所を「東蝦夷地より国後へ陸地道中絵図」に登載。 ・幕府は東蝦夷地全部の直捌を廃して、各場所を請負制度とした。
・茂無部恵比須神社創建。  
文化10 1813 ・山越内場所は入札の結果二六五両二分で福山の新星新左エ門、由利屋与兵衛の両人が請負。  
文化12 1815 ・この年の山越内からシラオイまでの官吏の配置は調役並一人、下役一人、在住二人、同心一人。  
文政 4 1821   ・12月、幕府が蝦夷地を再び松前藩に返還。
文政 5 1822 ・松前藩は幕府の警備を踏襲して山越内に勤番所を設置。 ・5月幕府は松前奉行を廃止。
・尾札部の人、飯田与五左エ門が物岱で漁業を経営。 ・松前藩が箱館奉行を設置。
・山越内場所に夷家107軒、夷人500人余居住。  
・有珠山が噴火して善光寺危険にさらされ、本尊を山越内に移す。  
天保 7 1836 ・噴火がおさまり、山越内の本尊は有珠へ戻ったが、本尊のあった草庵を阿弥陀堂と呼んで村人崇敬す。 ・天保3年から8年まで凶作が続き、天保の大ききんと呼ばれ、本州から移入米が少なくなったため、箱館奉行所は六か場
天保 8 1837 ・この年、内浦湾ニシン大漁。 所に命じて「オシメコンブ」を製作。
弘化 元 1844 ・山越内勤番所の警備は頭役一騎、徒士一人、医師一人、足軽二人、在住足軽15人、100匁筒一丁、50匁一丁、10匁二丁、5匁五丁、手やり一〇筋。  
弘化 2 1845 ・松浦武四郎、蝦夷地探検の途中落部村に立ち寄る。  
弘化 4 1847 ・落部に鍛冶屋を経営する者あり。  
・黒岩に駅場を設け、伊達林右エ門に駅務を命じ、人馬継立の口銭五分の手当支給。  
嘉永 5 1852 ・伊達林右エ門・栖原六右エ門山越内場所請負を命ぜられる。   
嘉永 7 1854 ・この年の産物はくま皮3枚・かわうその皮3枚・おいぬ4枚・きつねの皮4枚・ ・幕府は箱館開港に備え、箱館および周辺五、六里を返上させ再び箱館奉行を設置。
安政 元 甲割ニシン600束・イワシかす956本・秋味サケ600本・筋子40たる。   
・鈴木茶渓が「蝦夷物産誌」を著したが、それによると「東蝦夷地ユーラップ川へ鮭多く登る。ユーラップ鮭とて名産なり。此川へ秋味の漁終るころ一丈ばかりの鮭のぼる。これを大スケという大スケ川へ入る時は漁事を止むる」と記録。  
・このころ、吉岡某鉛川鉛山を採掘。  
・山越内勤番の石黒太右エ門喜之、諏訪神社にサケの墨絵を奉納。  
安政 2 1855 ・山越内会所一棟、勤番所一棟、武器蔵一棟、外板蔵、鍛冶小屋、馬屋、長屋あり、稲荷と諏訪の社、阿弥陀堂あり蝦夷屋8軒、夷人19人。 ・3月、外国船にまき・水・食料その他物品を供給するため箱館港開港。
・幕府は仙台・秋田・南部・津軽・松前の5藩に命じ、蝦夷地を警衛、この地方は南部藩の警衛に属す。  
・越前国大野藩主土井能登守利恵は幕府が蝦夷開拓の意図あることを聞き、これに参与することとし出願、経営地を東蝦夷地では山越内境から静狩までを選定。  
・ヤマコシナイ通行屋から一里程の路上に石脳油湧出。  
・ユーラップに小休所・通行屋、シラリカに昼休所があった。  
・ヤマコシナイ通行屋の南二丁路上に薬泉湧出、こう薬作成利用す。  
安政 3 1856 ・山越内場所に馬80頭、産物は、くま・きつね・らっこ・ニシン・イワシ・サケ・コンブ・カレイなど。 ・市川十郎来道し「蝦夷実地検考録」を著作。
・遊楽部鉛山を官営で採掘し良質の銀・鉛を産す。 ・箱館谷地頭に銭座を設置、翌4年箱館通宝を鋳し箱館・松前及び東西蝦夷地に使用。
・箱館奉行鉱山開さくのため南部藩に鉱山師の派遣を請い藩命により岩尾勝右エ門渡来し、遊楽部鉱山をも調査す。  
・山越内の阿弥陀堂を現在地に移し、仏宇を建て、翌年円融寺と寺号公称。  
安政 4 1857 ・6月、旅人入役銭を免除。 ・川地経延が「蝦夷地順廻日記」を著作。
・蝦夷にほうそうが流行し、医師桑田立齊が種痘に来道したがアイヌは山に隠れ、種痘を拒否す。  
・山越内の出稼ぎ定住の者は19軒、男28、女29、計57人。  
・山越内の会所から東に八丁一五間の川を境川と称し、野田追場所との境杭を設置。  
・ユーラップに蝦夷家24軒、夷人108入居住。  
・山越内場所には蝦夷家84軒、夷人370余人居住。  
・「蝦夷実地検考録」に、この年山越内で大野から牛5頭を買い来ると記録。  
・シラリカに野田生から移住開墾する者があった。  
・土井能登守の家臣エオイ村(由追)を開墾し、水稲を試作。  
・鷲の巣で一町ほど開墾する者があった。  
・トコタンに出稼商人屋があってにぎわっていた。  
・松浦武四郎ユーラップ川を探検。  
・ユーラップには鎮守社として妙見・観音・竜・稲荷・福山の5社が祭られていた。  
・このころ落部で折コンブ製造。  
安政 5 1858 ・六か場所の村並を村と改め、山越内場所「村方並」となる。  
・専念寺落部道場が温谷山東流寺と寺号公称。  
・官営で遊楽部鉛山を再開す。  
・幕府は蝦夷地を分けて奥羽六藩に給与することとし、南部藩には長万部から遊楽部境までを所領と定め、ほかに警衛地を箱館六か場所、山越内から長万部まで、虻田・有珠は南部藩の担当とす。  
安政 6 1859 ・落部で宮川大吉が日用品雑貨店を開業。  
万延 元 1860 ・野田生で水田を試作する者があった。  
文久 元 1861 ・5月蝦夷地の人民に馬の飼育を許可。  
・山越内の関門を廃して自由通行許可。  
・遊楽部鉛山で雪崩発生、死亡者多数。  
文久 2 1862 ・9月、米人ブレーキ博士、遊楽部の鉛鉱山を巡視し、火薬を使用して岩石を破砕する方法を伝授、これは我が国最初の試み。  
・栖原六右エ門が山越内場所の請負を返納。  
・この年、山越内の産物は〆かす五五八石、長切コンブ四七石、折コンブ一〇石、塩引サケ五三石、筋子六石。  
文久年間 1861〜1863 ・落部のアイヌに天然痘が流行し、60余人死亡。  
元治 元 1864 ・山田越内場所は山越内と長万部に分け村並となる。  
・伊達林右エ門が山越内場所の請負を返納。  
・会所は村民に下付して帳役2名を置き、毎年一五両を給与。  
慶応 元 1865 ・落部で英国領事館員によるアイヌ人骨盗掘事件発生。  
慶応 2 1866 ・3月、箱館奉行、投石によるコンブ繁殖法を布達奨励。  
・4月、落部アイヌ盗骨事件、英国領事の慰謝料支払により解決。  
慶応 3 1867   ・1月、明治天皇即位。
  ・10月、徳川慶喜大政奉還。
  ・12月、王政復古の命下る。
慶応 4 1868   ・9月8日、明治と改元さる。
明治維新後 慶応4年(1868)明治元年(9月8日改元)  
・10月、旧幕府の脱走軍が森町鷲の木上陸、本隊は箱館に向かって進撃し、分隊は落部から長万部までを占領。 ・1月、政府が旧幕領の直轄を布告。
  ・3月、五か条の御誓文発布。
  ・4月、箱館裁判所が設置され、閏4月箱館府と改正、清水谷公考が府知事に就任したが、10月、箱館戦争のため、青森に移転。
  ・5月、松浦武四郎、蝦夷山川取調書を作成政府に献納。
  ・7月、江戸を東京と改称。
明治 元   ・9月8日、明治と改元して一世一元の制度とした。
  ・12月、脱走軍が蝦夷全島を平定し、投票によって榎本武揚を総裁に選任、蝦夷地領有を宣言。
明治 2 1869 ・5月、榎本軍追討の一隊が安野呂を経て落部村に進撃、長万部まで奪還、大野村を経由、箱館に進出す。 ・2月、政府榎本軍追討の命を下す。
・8月、蝦夷地を北海道と改称し、11国86郡とした。八雲地方は胆振国山越郡となり、落部地方は渡島国茅部郡となって開拓使の管轄下となる。 ・3月、東京が帝都と定められる。
・9月、山越郡が兵部省の管轄下となる。 ・5月、榎本軍降伏して箱館戦争終了、総督(府知事)箱館に帰還す。
  ・6月、版籍を奉還させ、華・士族、平民の別を制定。
  ・中納言鍋島直正、蝦夷開拓督務に任命さる。
  ・開拓使が設置され、開拓督務を開拓使長官と改称。
  ・7月、官制改正に伴い箱館府廃止、開拓使長官鍋島直正任命さる。
  ・8月、箱館を函館と改称。
  ・9月、箱館府(県)を廃して、開拓使出張所と改称、施策の根拠を函館に決定。
・この年、落部で洋灯を使用するものがあった。  
明治 3 1870 ・1月、山越郡が斗南藩の支配となり、小古津内(現浜松)を移住地と定めた。 ・9月、政府は平民に苗字使用を許可。
・7月、東本願寺現如正人(大谷光螢)一行、札幌に向う途中、落部東流寺で休憩、由追湊治兵衛宅で一泊。 ・10月、東京の開拓使本庁を廃止、函館出張所を本庁に昇格。
・この年、名古屋藩で禄を返上して帰農する士族に対し、手当金を支給、未墾の地を開拓させ、身分は無給の士族とした。このことが北海道開拓の動機ともなった。 ・12月、開拓使は移民規則を制定、移民の取り締まり、3年間扶助などを制定。
明治 4 1871 ・2月、斗南藩が小古津内に7戸18人を移住させ開墾に従事。 ・4月、戸籍法改正、5年2月1日から実施(壬申戸籍)。
  ・5月、新貨幣条例制定、円・銭・厘単位とし、一両が1円となる。
  ・開拓使が札幌に移り、函館は出張開拓使庁となった。
  ・7月、廃藩置県が実施され、藩主に代わり県知事を任命。
・12月、山越郡が函館出張開拓使庁の所管となった。 ・開拓使顧問ケプロン、東京に到着。
・この年、開拓使はアイヌの入れ墨・耳環・自家焼き捨てなどの禁止を布告。 ・8月、散髪脱刀令公布。
・開拓使雇米人アンチセル、遊楽部鉱山と山越内沿岸の砂鉄を調査。 ・諸藩・華士族・寺院等の北海道支配地を廃し、総て開拓使に所属。
明治 5 1872 ・2月、山越内に函館出張開拓使庁山越郡出張所が設置され、山越内村・落部村がその所轄となり、使掌山本賢任命さる。 ・4月、戸長役場制度を制定、庄屋・名主・年寄などを廃止。
・7月、全国に郵便制度施行され、山越内で郵便事務開始取扱人に松田武右エ門任命。 ・8月、学制公布。
  ・9月、札幌開拓使庁を札幌本庁と改め、函館・根室・宗谷・浦河・樺太の5支庁を設置。
・この年、山越内で榎本武揚が石油の試掘実施。 ・11月、太陰暦を廃し、太陽暦を採用、日曜休日体制開始、12月3日を明治6年1月1日とし以後太陽暦日とす。
明治 6 1873 ・鷲の巣(現、立岩)で農業を営む者4戸。  
・3月、山越内副戸長に松田武右エ門・新井田重吉任命さる。年給80円。 ・1月、徴兵令公布。
・5月、全国町村区画に準じて大小区が設置され、茅部郡は六大区、落部村は三小区、山越郡は七大区、山越内村は一小区となる。  
・村方名主を廃し、副戸長とし、年寄・小頭・百姓代を廃し、村用係を任命。  
・10月、山越内村医に相沢玄理任命。  
・11月、山越内に教育所設置、教員に三井計次郎任命生徒40余名、明治16年10月小学校となる。 ・12月、郵便はがきが初めて発行、市内は五厘(半銭)、全国は一銭。
・落部副戸長柏木堯太郎任命(月日不詳)  
・官立山越内仮病院設置(月日不詳)  
・開拓使地質兼鉱山士長ライマン、地質調査のため来訪「北海道山越内地方略測報文」に地図を添付、開拓使に提出。  
・山越内仮囚獄、会所内に囚人護衛室を設置したが、10年4月廃止。  
明治 7 1874 ・3月、落部東流寺に開成私塾開設、これが落部村教育施設のはじまり。 ・10月、開拓使函館支庁から、コンブに緑青銅屑など使用の着色禁止布告。
・医師相沢玄理、由追方面の児童を集めて教授。   
明治 8 1875    ・2月、平民も必ず姓を称し、不詳の者は新たにつけるよう太政官布告発布。
   ・3月、東京―北海道間に電信開通。
明治 9 1876 ・3月、落部八幡宮村社に列せらる。   
・4月、新井田山越内、相木落部副戸長を免ぜられ、相木副戸長は副総代任命 ・4月、官庁が日曜休日、土曜半休を実施。
・5月、開拓使山越郡出張所を山越内分署と改称(10年5月廃止)。分署はかつての郡詰出張所、勤番所、派出所を廃して開拓使が各地においた民事行政の事務を行った地方機構。 ・7月、アイヌに姓氏を用いさせた。
・6月、落部村が山越内分署管轄から森分署持ちに組み替え。   
・7月、明治天皇東北御巡幸に際し本道に上陸、御帰還の途中、函館叶同館へ臨幸、落部・山越内・長万部3村のアイヌ56名、門前に奉迎し、御酒・たばこ・糸針等を下賜さる。 ・8月、札幌農学校設立、米国からクラーク博士を招く。
・9月、北海道大小区割を定め、三〇大区一六五小区とする。茅部郡は一八大区、山越郡は一九大区に所属。 ・12月、開拓使から洋式ストーブの使用論達。
・この年、諏訪神社が郷社に列せられた。祭神は建御名方之神。  
明治10 1877 ・5月、山越内村副戸長松田武右エ門免ぜられ、後任に澗山浩平、三井勝用任命さる。 ・4月、札幌農学校教頭クラーク札幌を去って帰国す。
・7月、旧尾張藩主徳川慶勝、家扶・家職吉田知行・角田弘業・片桐前作の3名を北海道に派遣、開拓適地を調査せしむ。 ・9月、函館支庁は、くま・おおかみの捕獲を奨励して1頭につき2円を支給。
・10月、吉田知行の一行は各地を踏査すること三か月間拓地を山越内村字遊楽部とし、その実況を復命、片桐助作は函館に止まり住家・板蔵の手配をなす。  
・この年、徳川家では金5万円を第十一国立銀行に預託、起業授産の財政基盤確立。  
明治11 1878 ・2月、山越内教育所を山越内学校と称し開校式挙行。 ・1月、北海道で初めての新聞「函館新聞」発刊。
  ・函館支庁はカラスの捕獲を奨励し、一羽四銭で買い上げ。
・5月、徳川慶勝、遊楽部官有原野150万坪の無償払い下げを受く。 ・3月、函館支庁、医員を巡回させて種痘実施。
・6月、落部牧場・由追牧場開設。 ・6月、開拓使が総代人撰挙法を布達。
・7月、吉田知行ら9名、先遣隊として遊楽部に入植。  
・8月、創業のくわ入れを現役場庁舎前で実施。  
・10月、第一回移民遊楽部に到着。  
・11月、山越内に第二公立病院設置。  
・12月、函館警察署森分署が森村に設置され、茅部・山越2郡を管轄。  
・開墾地で製網所を設け、教師滝口新次郎を米沢より招く。  
・この年、落部東流寺の伽藍改築。  
・開墾地を徳川家開墾試験場と称す。  
明治12 1879 ・2月、大雪・降雨が凍結して、野生のしか餓死するもの多数。 ・1月、札幌豊平館建築着手。
・3月、遊楽部に一村をたてる必要を感じ、徳川家開墾試験場から開拓使あて申請。  
・十二小区戸長に三井勝用任命さる。  
・4月、徳川家開墾試験場が七重勧業試験場から西洋農具を購入。  
・6月、同試験場が耕牛5頭を七重勧業試験場から払い下げを受く。代金87円四〇銭。  
・八雲学校設立の許可を受け、校舎建築に着手、7月落成(40坪)し、8月18日から授業開始(現、出雲町)。  
・7月、郡区町村制が編成され、茅部山越郡役所を森町に設置。  
・8月、徳川家開墾試験場で製麻教師1名を官に請い製造方法伝習。  
・旧尾張藩士第二回移住者、現出雲町に入植。  
・徳川義礼開墾試験場を視察、開墾を奨励。  
・9月、落部学校の校舎新築。  
・10月、開拓使大書記官時任為基、開墾試験場視察。  
・12月、山越内村、落部村に戸長役場設置、山越内村戸長三井計次郎、落部村戸長相木幾一郎任命さる。  
・落部村郵便局設置、局長宮川大吉任命。  
・この年、徳川家が鷲の巣(現、立岩)に土地25万坪の払い下げを受く。  
・遊楽部浜から開墾地までの道路完成、官費道路と称す。  
・移住者は熟田神宮の御札と徳川家歴代の神霊を板蔵の2階に祭り、氏神として崇拝した。  
明治13 1880 ・1月、黒岩に郵便局設置(明治35年国縫に移転)。  
・2月、開墾試験場で壮年者募集規則、移住人子弟分家規則制定。  
・山越内村に山林監吏配置、山越内村・長万部村・落部村を監理区域とす。  
・落部学校開校、教員三浦健次郎、児童敬38名。  
・八雲学校開校式、教員植松稔、児童数30名。  
・3月、三井戸長浦役人兼務を命ぜらる。  
・4月、牛馬牧場を開墾試験場に設置。  
・6月、開墾試験場で横浜ロベルトン商会からサルキープラオを購入。  
・9月、開墾試験場で函館支庁の委嘱を受けて、鮭魚天然孵化事業試験開始。  
・この年、遊楽部・山越内・黒岩に墓地設置。 ・11月、手宮―札幌間に鉄道開通、「義経」、「弁慶」号走る。
・落部川の渡舟賃は一人一銭六厘、牛馬一頭六銭四厘、野田追川も同じ。  
・このころから落部村で木炭製造開始。  
明治14 1881 ・3月、遊楽部牧牛舎設立。  
・4月、開墾試験場で官からペルシュロン雄馬1頭を借り受け産馬改良実施。  
・牛馬増殖し、開墾試験場では共有牧場設置のため、遊楽部原野4万坪を借り受け、さらに7万坪の借り受けを申請。  
・5月、旧尾張藩第三回移住人入植、この地を「新」と呼称。  
・開墾試験場では南部地方から雌牛10頭、函館地方から和洋雑種3頭を移入、七重試験場から種雄牛1頭を借用。  
・八雲学校の学校林として音名川、砂蘭部川間約50万坪の無償払い下げ申請、17年払い下げ許可。  
・6月、遊楽部牧場に官費による水田用水路完成、水田三反歩試作、気候悪く新田のため収穫八斗にとどまる。  
・7月、遊楽部・黒岩の2支郷を山越内村から分離、八雲村と称し「山越内村外一か村戸長役場」設置。  
・野田生・由追・沼尻は落部の支郷であったが、山越内村に編入、野田追川を村界と定む。  
・野田生牧牛舎創設(29年10月解散)。  
・函館―八雲間物資輸送専用船「八雲丸」を造船。  
・開拓使長官黒田清隆、開墾地視察、その成績を賞し雄牛1頭を寄贈。   
・いなご被害甚大、練木大学教授を招き防御講話会開催。  
・9月、明治天皇、森村行在所にて、八雲・山越内・鷲の木3校生徒飼育の繭を台覧。  
・11月、移住独身者のため独身舎設置、器械方と称す。  
・この年、開墾試験場で麻製造所と水車一棟建築、共同作業場とす。  
・公立函館病院所属、第二病院を山越内病院と称す、明治13年度病院収支、収入440円、支出338円、入増102円。  
明治15 1882 ・5月、盛岡の人、瀬川安五郎、犬主で牧場開設。 ・2月、開拓使を廃して、函館・札幌・根室の3県設置、函館県令時任為基就任。
・アイヌ教化のため、生徒4人に遊楽部竹内嘉吉の家を借用、遊楽部学校を開設、6月生徒数は15名となり、教師は函館県御用係永田方正、8月校舎を新築したが、31年12月八雲小学校と合併。 ・4月、いなごの大群発生。
・開墾試験場で雌牛20頭を購入。  
・8月、八雲で最初の青年組織である青年党結成。  
・9月、暴風雨発生農作物の被害甚大。  
・12月、開墾地(現、裁判所付近)で共進会を開催。  
・この年、移住人辻村勘治、東京から舶来の小型澱粉機を購入、初めてでんぷん製造を試みる。  
明治16 1883 ・2月、落部学校野田追分校設置。 ・1月、北海道に事業管理局設置(3県1局制)。
・3月、開墾試験場で北海道開進社から米国製農業用諸機械を購入。  
・東京開催の水産博覧会に開墾試験場が、サケ塩引を出陳。  
・4月、八雲学校を八雲小学校と名称変更。  
・7月、遊楽部学校を公立遊楽部小学校と名称変更。  
・8月、徳川慶勝逝去。  
・この年、開墾試験場委員吉田知行家令となり上京、後任として海部昂蔵を任命。  
・開墾試験場に七重勧業試験場産の洋種(ショートホン)雄牛1頭貸与さる。  
・鷲の巣の小寺・井上の両人が初めて移民家屋を建築。  
明治17 1884 ・1月、開墾試験場経営の農産製造所を遊楽部浜に設置し、みそ・しょうゆの製造を開始。 ・2月、北海道志刊行。
・開墾試験場へ函館県勧業課から洋種種雄馬北星号貸与。 ・5月、函館県漁業組合条例制定。
・八雲小学校黒岩分校開校。  
・6月、移住人の子弟で野田追耕舎を設立。  
・7月、三井計次郎が落部村戸長兼務を命ぜられる。  
・9月、公立八雲病院設立。  
・鷲の巣牧馬会社を設立。  
・10月、落部学校の移転改築完成。  
・競馬場を新設(現、宮園町)競馬会を開催。  
・11月、函館県漁業組合条例により、落部村に第十二組漁業組合設立。  
・12月、落部学校野田追分校新築。  
・開墾試験場では毎年10月1日から12月20日までの間、鮭魚種育場を開設、保護増殖をはかる。  
・八雲神社神殿落成。  
・この年、開墾試験場直営の製藍およびばれいしょでんぷん製造操業開始。 ・12月、往復はがき発行、翌年1月1日から通用。
・開墾試験場では男子が多く、配偶者が得がたいので養女結婚条令制定。  
・落部学校桑田として字栃の木に1000坪の土地無償下付。  
明治18 1885 ・1月、函館県漁業組合条例により山越内村に第十三組、八雲村に第十四組漁業組合設立。  
・2月、落部川に鮭魚種育場設置。  
・公立八雲病院開院式挙行、医師大沢広司就任。  
・3月、開墾試験場では直接保護制度廃止、諸制度の改革を行い、徳川家開墾地と改称。  
・7月、八雲村競耕会創立。  
・山越内村に森警察署山越内分署を設置。  
・山越内村坂本菊松、民家を寄付し、これを山越内村外一ヵ村戸長役場庁舎とし、兼ねて山越内分署に充当。  
・8月、落部学校林として1万3000坪下付。  
・11月、落部村戸長役場新築。  
・12月、落部村五代戸長に松本賀積任命。  
・一週間にわたって開墾地農産物共進会開催。  
・野田追川に鮭魚種育場設置。  
・この年、開墾地では板蔵を廃止、八雲共同商会を設立、補助を与え営業開始。  
・開墾地では備荒貯蓄の方法を定め、戸ごとに大麦1俵、ばれいしょ2俵の積み立てを実施。  
・開墾地で米沢から教師を招きはっかの栽培と製造を実施。  
・遊楽部川天然孵化を有志の共同事業として鮭魚種育組合を設立。  
・初めてえん麦・牧草(チモシー・クロバー)の種まきを行った。  
・開墾地から7戸離農。  
・この当時、郡別のアイヌ戸数人口次表のとおり。 
郡別 戸数
茅部 54戸 107人 105人 212人
山越 59戸 141人 116人 257人
 
・このころ、玄米1俵1円50銭。  
明治19 1886 ・1月、鷲の巣耕舎火災発生、シラスミシン等農機具焼失。 ・1月、3県1局制を廃止、北海道庁設置。初代長官岩村通俊任命。
・2月、ジフテリア流行。 ・函館・根室両支庁設置(12月廃止)。
・5月、開墾地では全戸のもの6戸、幼年者9名を移住させ、幼年者のため幼年舎を設立。 ・9月、札幌に北海道師範学校創立。
・8月、函館方面からコレラ病が流行し、伝染戸数20戸、患者3名死亡。  
・12月、八雲神社の社格、村社となる。  
明治20 1887 ・3月、八雲小学校で村民協議の上「学林保護申合規則」制定。 ・1月、郡区役所と警察署の管轄区域を同一にし、各郡役所に警察署を設置。
・熱田神営に出願、熱田皇大神の分霊を八雲神社に遷宮。 ・函館商業学校開校。
・4月、落部学校を落部小学校と改称。 ・3月、北海道水産税規則発布。
・5月、落部村に森警察署落部分署を設置。 ・4月、北海道内大多数の小学校を簡易科とする。
・6月、開墾地で新冠御料牧場から雌馬15頭、雄馬1頭の払い下げを受け、移住人飼育。  
・戸長三井計次郎警部補を兼ね山越内分署長に、松本賀積が落部分署長を兼務。  
・10月、徳川義礼、野田追台ノ上に大地積貸付を受く。  
・この年、学制改革により八雲小学校に3年の簡易科、1年の補習科設置。  
・山越内に竜泉院出張所設立、後野田生に移り大正3年竜穏寺と寺号公称。  
・野田生に草庵ができ、後に妙勝寺と公称。  
明治21 1888 ・2月、旧土人就産事務所を遊楽部小学校に設置。 ・4月、亀田・上磯・茅部・山越郡役所が合併し、亀田外3郡役所として七飯村に設置。
・常丹(現、大新)墓地設置許可。 ・駒ヶ岳噴火。
・5月、開墾地で全戸の者14戸、幼年者7名、小作人5名を移住させた。これが小作人移住の初めである。 ・12月、北海道庁庁舎新築。
・9月、三井戸長大野外五か村戸長に転任、二代山越内・八雲村戸長兼分署長に松本賀積着任。  
・徳川家開墾地事務所を廃して「開墾地会所」を設置。  
・遊楽部に竜神堂が創設され、26年遊国寺と寺号公称。  
明治22 1889 ・7月、「徳川家郷約」を発布、植民制度を廃止、小作制度に改正。 ・2月、大日本帝国憲法発布。
・10月、松本戸長山越内外一か村戸長専任となり、落部村戸長分署長に田中吉忠就任。  
・12月、森・長万部間の国道開通し、遊楽部川の架橋工事着手翌年完成。  
明治23 1890 ・4月、山越内警察分署廃止され、八雲警察分署を設置。  
・落部警察分署が廃止され、落部村は森分署の所轄となり、巡査駐在所を設置。  
・故従一位徳川慶勝命の霊を八雲神社境内に祭る。 ・7月、第一回総選挙執行。
・8月、渡島外八か国の営林二〇〇万町歩が御料地に編入され、落部分は一万一六一八町八畝歩。 ・10月、教育に関する勅語発布。
・9月、戸長役場・警察分署を山越内村から八雲村に移し、八雲村外一か村戸長役場と改称。 ・11月、第一回帝国議会開会。
・山越内に巡査派出所設置。  
・松本戸長専任分署長となり三代戸長上田貢三赴任。  
・この年から26年6月まで落部村では財政の都合により、野田追分校を閉鎖し、生徒を落部本校に通学の措置を講ず。  
明治24 1891 ・5月、佐治静雄アメリカから帰国、鷲の巣で一〇〇町歩の土地払い下げを受けて農業を経営。 ・9月、日本鉄道、盛岡・青森間鉄道開通により、上野・青森間か全通、片道26時間30分、料金下等4円54銭。
・11月、宮内省御料局函館支局森駐在員事務所が森村に設置され、落部村内御料地を管理。 ・11月、札幌、北海道電灯会社営業開始、札幌に初めて30戸170灯点灯。
明治25 1892 ・3月、七代落部戸長近藤義門就任。  
・5月、移住人の補欠として3戸を開墾試験場に、小作人24戸を野田生・野田追に入植さす。  
・山越内郵便局で為替、貯金業務を開始。  
・6月、八雲村に郵便局を設置するよう函館郵便電信局長へ請願書提出。  
・徳川家の開拓補助は本年で中止、創業以来の支出金額16万3284円。  
・大新、竹内義二がマッチの軸木製造開始。  
・真宗大谷派説教所設立、33年安楽寺と寺号公称。  
・愛知県からの自費移民落部地区に入植。  
明治26 1893 ・4月、郵便局を山越内村から八雲村に移し、八雲郵便電信局と称す。 ・2月、度量衡(尺貫法)取締規則公布。
・黒岩に巡査駐在所を設置。 ・8月、文部省「君が代」を儀式唱歌として選定公示。
・5月、第十四組八雲村漁業組合で巾着網漁業を出願。  
・10月、吉田知一・小川助次郎らが水車で、でんぷん製造を開始。  
明治27 1894 ・1月、八雲小学校で天皇・皇后両陛下の御真影拝戴。  
・2月、坂本仲太郎来道し来て山越内で漁業を経営。  
・3月、八雲商会の組織替えを行い合資会社八雲商会とし野田生に支所を設置。  
・7月、落部村八代戸長松浦翠就任、月俸10円。 ・8月、清国に対して宣戦布告がなされ、日清戦争ぼっ発。
・このころの物価 (図703)    
明治28 1895 ・1月、宮内省御料局函館支局落部分担区駐在所を落部村に設置。   
・2月、移住者青年岡野経麿ら12名、日清戦争従軍志願のため上京。   
・日清戦争のため、八雲から軍馬28頭徴発。  
・山越内の円融寺、野田追(現、東野)に浄土宗説教所開設。  
・4月、八雲、落部小学校修業三か年の尋常小学校となる。 ・4月、日清講和条約調印。
・7月、落部村と山越内村の地先漁業区域の協界協定成立。  
・9月、大阪の人、長谷川寅次郎・井上徳兵衛、下関の人、安井作次郎・土井重言の4人が大関農場創設。  
・第四回内国勧業博覧会に八雲出陳の片栗粉が受賞し、名声を博す端緒となる。  
・11月、八雲村外一か村三代戸長上田貢三が茂別外一か村戸長に転任し、後任として吉田藤八任命さる。  
・12月、吉田藤八赴任せず辞職したので四代戸長として丸田成之任命さる。  
この年  
・三河の人、蟹江次郎が山崎で農牧業を経営。  
・宮内省御料局が落部村望路から落部御料地に至る経路改修を実施。  
・大雪のため食糧欠乏し落部村の野生しか絶滅す。  
明治29 1896 ・2月、東京の人、鈴木義宗上砂蘭部(現、春日)において、八雲農場(鈴木農場)を創設、後に小作人120戸に達す。 ・1月、石狩・渡島・後志・胆振の四国に徴兵令施行。
・5月、公立八雲病院を廃止。 ・5月、第七師団を札幌に創設。
・6月、落部郵便局、八幡宮参道右側に移転改築、翌7月から貯金、為替業務開始。 ・10月、上磯町当別にトラピスト男子修道院設立。
この年  
・でんぷん製造家続出、産額急増す。   
・徳川家では移住人の耕地1戸当たり五町歩を一〇町歩とし中農経営に変更。   
明治30 1897 ・1月、九代落部戸長に木内忠明就任。   
・3月、八雲郵便局、和文電信業務開始。 ・3月、北海道国有未開地処分法公布。
・川口良昌「川ロ式でんぷん製造法」発明。 ・5月、北海道区割一級および二級町村制公布。
・藤川清蔵、鉛川で藤川農場創設。   
・4月、八雲村外一か村四代戸長丸田成之、亀田郡小安ほか一か村戸長に転任、後任として三井計次郎赴任。 ・7月、最初の日本映画制作。
・10月、郡役所廃止、19支庁設置、この地方は亀田支庁の管轄となる。 ・12月、東京・札幌間電話開通。
この年  
・福岡県久留米の人、井上岩記ら4名、ブイタウシナイ(現、花浦)で久留米農場を開設。  
・小川助次郎、遊楽部橋たもとで清酒の醸造開始。  
・利別へ通ずる八雲・利別間の仮定県道、サックルペシペまで開通。  
明治31 1898 ・9月、野田追浄土宗説教所が徳川山浄流院建長寺と寺号公称。 ・1月、全道に徴兵令施行。
・12月、遊楽部小学校と八雲小学校合併、校舎を砂蘭部7番地(現在地)に新築移転。  
この年  
・愛知県の人、石川錦一郎、蟹江農場を譲り受け、石川農場と改称、製酪工場を造り笹印バターを製造移出。  
・でんぷんかす・とうもろこしを原料として、アルコール製造技術習得のため鷲の巣榊原安茂・赤林国麿上京。  
・野田追分校、徳川牧牛舎の解体材の寄付を受け校舎改築。  
・八雲村河井銀次郎、長万部・二股の二か所にでんぷん製造所を造り操業開始。  
明治32 1899 ・3月、落部村一〇代戸長に中山長義就任。 ・3月、北海道旧土人保護法公布。
・4月、函館区裁判所八雲出張所を元町に設置。  
・8月、八雲小学校に尋常科4年と高等科2年を設置し、八雲尋常高等小学校と改称。佐久間成信、練武場を設置、柔道・槍術を教授。  
・10月、八雲尋常高等小学校上砂蘭部分校・久留米分校設置、34年小学校に昇格。 ・9月、亀田支庁を函館支庁と改称。庁舎を函館に移転。
この年、落部村で宮川慶吉回送店を開業。  
明治33 1900 ・2月、落部郵便局小包郵便取扱事務を開始。 ・3月、衆議院議員法の改正により、札幌・小樽・函館の3区から各1人、旧3県管内から各1人、計3人の選出を規定。
・5月、落部コタンの長、辨開凧次郎、東宮殿下御成婚を祝し、子ぐま二頭を献上、「御所の松」その他を拝領。 ・4月、北海道拓殖銀行札幌で創業。
・八雲尋常高等小学校大関分校設置、翌年小学校に昇格。 ・農会令公布。
・八月、八雲村外一か村農会設立。 ・7月、一級町村制施行(16町村)。
・9月、落部村農会設立。 ・11月、第七師団、旭川へ移転。
・12月、野田追分校が昇格して野田追尋常小学校となる。  
明治34 1901 ・2月、落部尋常小学校蕨野分教場を開設。 ・4月、北海道地方税水産税賦課規則公布。
・6月、山越郡水産税区出張所設置。  
・11月、遊楽部川鮭蕃殖組合組織変更、天然・人工ふ化両事業経営、採卵場を設置、孵化場を建岩に設立。 ・8月、第一期道会議員選挙。
この年、サックルペシペに夏路駅逓設置、岩間儀八を任命、昭和2年シュルクトシナイに移り、昭和18年廃止。  
明治35 1902 ・1月、青森歩兵第五連隊の雪中行軍部隊、八甲田山で遭難、落部コタンの長辨開凧次郎ら6名捜索に協力。  
・2月、落部村一一代戸長中野嘉平就任。 ・2月、二級町村制施行(61村)。
・4月、北海道二級町村制改正公布にともない八雲・山越内村を合併して八雲村とし、旧村名を大字とす。  
・初代八雲村長に三井計次郎、収入役に日野恭三郎就任。  
・6月、郡村総代人制度廃止。 6月、函樽鉄道起工
・第一回八雲村会議員選挙執行、杉立正義以下12名当選。  
・7月、落部村物岱に天理教茅部宣教所開設。  
・8月、八雲尋常高等小学校高等科を3年に延長。 ・8月、道内初の衆議院議員選挙執行。札幌・小樽・函館の三区から各1人が選出、函館区から平出喜三郎選出。
・常津内簡易教育所設置。  
・11月、大柏野簡易教育所設置。  
・北海道庁殖民部林務課森派出所八雲保護区員駐在所設置。 ・9月、北海道会議事堂落成。
・12月、落部村一二代戸長梁川隆平就任。  
この年  
・函館本線森ー熱郛間の鉄道工事着工。  
明治36 1903 ・6月、公設八雲消防組創設、初代組頭小川助次郎就任。 ・2月、茅部・山越水産組合を森村に設置。
・7月、蕨野分教場が蕨野簡易教育所に昇格。   
・11月、鉄道開通、管内4駅野田追・山越内・八雲・黒岩開駅。 ・4月、郵便電信局を郵便局と改称。
・12月、八雲片栗粉同業組合設立認可されるも、日露戦争のため事業途絶、38年7月組合再認可、8月事業開始。 ・小学校令改正「国定教科書」制度制定翌年から実施。
この年  
・管内各所に農場創設。  
明治37 1904 ・4月、八雲村役場庁舎、砂蘭部(現、千代田生命付近)村有建物を改造移転。 ・2月、日本がロシアに宣戦布告。
・5月、山越内・大関実業補習学校開設。 ・4月、煙草専売法公布。
・6月、八雲村会議員選挙執行、竹内幸輔以下12名当選。  
・遊楽部橋付近の民家から出火、元町29戸焼失。  
・9月、落部村一三代戸長に伊藤第四郎就任。  
・10月、管内に山崎駅開業、山越内駅を山越と改称。 ・10月、小樽ー函館間の鉄道開通。
この年  
・日露戦争に八雲・落部から多数応召者出征、戦死・戦病者を出す。  
・建岩の孵化場をセイヨウベツに移転。  
・八雲のでんぷん製造家241戸、生産量123万8930斤、生産額9万5358円。  
明治38 1905 ・1月、落部青年会発足。  
・6月、奥津内簡易教育所設置。  
・八雲村初代収入役日野恭三郎辞任、後任として北村利吉8月就任。  
・9月、大関尋常小学校付属サックルペシペ特別教役場授置(大正4年校名を夏路と改称、昭和22年大関小学校夏路分校となる)。 ・9月、日露講和条約締結、日本北緯50度以南の樺太割譲を受ける。
・10月、落部村一四代戸長江夏友干就任。  
・11月、落部実業補習学校開設。  
この年  
・落部で柏木農場創設。  
・宮内省御料局、蕨野・野田追御料地内の経路を開削。  
・落洛部御料林40年輪伐採実施。  
・落部・野田追御料地三〇〇町歩を区画、移民を募集。  
・西本願寺説教所元町に開設。  
・落部材で理髪店を営業する者あり。  
・八雲村外一か村農会を八雲村農会と改称、事務所を役場内に設置。  
・福島県の人、石川竹三郎小作人5戸とともに八線に入植。  
明治39 1906 ・2月、長野県の人、中藤弥太郎黒岩に農場創設。   
・3月、山崎簡易教育所設置(43年小学校に昇格)。 ・3月、鉄道国有法公布。
・4月、八雲尋常高等小学校高等科4年に延長。  
・7月、大柏野簡易教育所付属大木平特別教授場設置、大正9年赤笹小学校と改称。  
・八雲村役場庁舎建築費用として遊楽部川鮭魚蕃殖組合1200円(建築費1228円)寄付。  
・8月、八雲村長三井計次郎在職中病没す。  
・11月、八雲村二代村長として木村定五郎就任。  
・落部村一五代戸長岩間勝従就任。  
・八雲神社、神饌幣帛料供進神社に指定。  
・12月、落部尋常小学校国道沿線に移転。  
この年  
・徳島県の人、久米富吉トワルベツで農場創設。  
・日蓮宗説教所創設(現、飛行場内)。 ・川田竜吉男爵、米国からばれいしょ新種アイリッシュ・コブラー輸入、七飯村農場で実験栽培実施。
・シュルクトシナイ説教所創設(41年透雲寺と公称)。  
・石川農場、種雄牛エーアシャ種21ロードジョージ号輸入。 ・ゴールデン・バット発売(10本4銭)。
明治40 1907 ・2月、山越郡産牛馬組合創立。  
・横町(現、末広町)に火災発生11戸焼失。  
・3月、落部漁業組合設立。 ・3月、義務教育年限を4年から6年に延長、41年度から実施。
・4月、八雲村、北海道一級町村制施行、村長就任まで、函館支庁在勤属井村一村長事務取扱任命、戸ロ2108戸、1万565人。  
・大関尋常小学校付属鉛川特別教授場設置(大正2年八雲小学校付属となり、大正9年鉛川小学校に昇格)。  
・5月、野田生、黒岩巡査派出所設置。  
・5月・6月、八雲村会議員選挙執行、一級・二級選挙が行われ、定員20名、任期6年、3年ごとに半数改選。  
・7月、八雲村二代村長木村定五郎・助役斉藤鉄次郎・収入役日野恭三郎就任。 ・8月、函館大火発生、1万2290戸焼失。
・八雲村役場庁舎落成移転(現在地)。  
この年  
・種馬所設置期成同盟会結成、誘致運動展開。  
・このころ郡花暁なる人、常丹(現、熱田)で陶器製造を始め八雲焼と命名。  
・山崎・八線殖民道路完成。  
・黒岩説教所創立(昭和22年願船寺と寺号公称)。  
明治41 1908 ・8月、種馬所設置が長万部に決定、長万部種馬所と称し後に胆振種馬所と改称。 ・1月、宮内省御料局が帝室林野局と改称。
  ・3月、国有鉄道青函連絡船営業開始。
・11月、落部郵便局電信業務取扱開始。 ・10月、日露戦争後の事態に対し勤倹治産をすすめ、華美をいましめる戊申詔書発布。
・12月、大関尋常小学校付属トワルベツ特別教授場設置(大正4年富有別と校名改称、昭和15年廃校)。  
この年  
・函館営林区署八雲保護区員駐在所設置。  
・八雲村農会、道費補助により簡易養蚕伝習所開設。  
・渡辺久三郎外4名上鉛川へ入植。  
・八雲−熊石間道路開削請願。  
・八雲在郷軍人団結成、43年11月、帝国在郷軍人会八雲分会と呼称。  
・八雲小学校尋常科を6年に延長、高等科を2年に短縮。  
・落部東流寺に門徒により梵鐘建立。  
明治42 1909 ・1月、私立白滝教授場開設。 ・1月、道庁火災発生、内部全焼。
・3月、野田追郵便局創立、初代局長岡島新八就任(昭和21年野田生郵便局と改称)。 ・2月、私立函館図書館開館。
・4月、落部尋常小学校付属白滝特別教授場開設(大正14年閉鎖)。  
・落部尋常小学校付属恵海特別教授場開設(大正8年4月、茂無部尋常小学校と改称)。  
・6月、シュルクトシナイ巡査派出所設置(大正15年大関と改称、昭和18年廃止)。  
・8月、八雲小学校屋内体操場264平方メートル新築。  
この年  
・久留米農場を神奈川県の人岡田正三が経営、岡田農場と改称。  
・第一回八雲馬匹共進会開催。  
・八雲村農会で第一回農産物共進会開催。  
・八雲村のでんぷん製造家251戸、生産量205万7875斤、生産額16万2567円。  
明治43 1910 ・5月・6月、八雲村会議員半数改選執行10名、補欠選挙3名当選。  
・6月、大関尋常小学校付属ペンケルペシュペ特別教授場創設(大正4年八線と改称、同9年小学校に昇格)。  
・8月、大柏野教育所付属野田生原特別教授場創設(昭和9年小学校昇格)。 ・8月、「日韓併合ニヨル条約」により韓国は日本領土となり朝鮮と改称。
・第四期道会議員選挙執行八雲村から杉立正義当選。  
・徳川家開墾地では未墾地全部を開墾し、自作農経営を認め10か年年賦の抵当権解除、分割無償譲渡す。  
・10月、八雲産牛組合で第一回函館区外8郡共進会開催。  
・八雲在郷軍人団、篤志者の寄付を募り忠魂碑を建立(現、裁判所構内)。  
・11月、落部在郷軍人分会、会員60名により結成。  
この年  
・庁今により八雲市街地に火防予防組合設置。  
・大新・鷲の巣青年団で連合運動会実施。  
・徳川家開墾地内の戸数310戸、人ロ1531人、成功地畑・牧場・山林合計二三八五町八反六畝四歩。  
明治44 1911 ・2月、落部婦人会結成。  
・5月、上砂蘭部巡査駐在所設置(大正15年廃止)。 ・5月、小樽高等商業学校開校。
・山火発生、一一〇町歩とペンケルペシュペ特別教授場焼失。  
・7月、村長木村定五郎再選、助役日野恭三郎就任。  
・八雲競馬会、徳川家開墾地より四町三反歩の土地無償譲渡を受け、競馬場を設置(現、宮園町)、8月競馬会開催。  
・8月、函館本線落部駅開業。  
・八雲村開村30年記念祭執行。  
・皇太子殿下本道行啓、八雲駅にて優良雌馬39頭台覧に供し雄馬アルジェー号を八雲号と改称献上。  
この年  
・行啓記念として常丹村有地に杉苗9000木植樹。  
・通俗教育(社会教育)普及のため、巡回文庫(図書180冊)創設。  
・落部村漁民「ボタンエビ」試験採捕実施、成績良好。  
明治45 1912 ・1月、落部処女会結成。  
・3月、徳川家開墾地は徳川農場と改め、会所を廃して事務所設置。 ・7月、日本がはじめてオリンピックに参加。
・5月、蕨野青年会結成。 ・7月30日、明治天皇崩御、皇太子嘉仁親王即位「大正」と改元。
・八雲村四代収入役平野重次郎就任。  
・7月、道会議員補欠選挙執行、八雲村から上野盛松当選。  
大正 元 ・8月、山越内郵便局再開、局長に坂本仲太郎就任。  
・黒岩郵便局再開、局長笹谷作太郎就任。  
・10月、改元記念として、学林(現、春日)の小作人長谷川三次郎外が屠場建設、翌年八雲村に寄付、村営とす。  
・改元記念事業として八雲肥料共同購入組合連合会創立。  
この年  
・八雲・利別(今金)間、定期馬車運行開始。  
・黒岩に善導寺教会設立(後に善通寺と公称)。  
・天理数山越宣教所(山越分教会)が元町に、同八雲宣教所(北八雲分教会)が富士見町に創立。  
・落部畜牛組合結成。  
・落部村アイヌ戸口、28戸138名(男66・女72)。  
・石川農場バター五五〇〇斤製造、「笹印バター」として売り出す。  
大正 2 1913 ・1月、大木平特別教授場焼失、4月位置を変更して新築、野田生尋常小学校付属赤笹特別教授場と改称。  
・4月、上の湯特別教授場落成、5月授業開始。  
・5月・6月、八雲村会議員半数改選執行10名、補欠選挙2名選出。  
・6月、八雲片栗粉同業組合、明治記念拓殖博覧会において名誉金牌受賞。 ・6月、森永製菓ミルクキャラメル発売、20粒入小箱10銭。
・7月、落部で回帰熱患者続出。  
・8月、第五期道会議員選挙執行、上野盛松再選。 ・12月、函館に電車開通。
・河川はんらん、鉄道破壊され、メム川鉄橋で列車転覆2名殉職。  
・日本基督教団八雲教会堂設立。  
この年  
・帝国議会、八雲・瀬棚間鉄道敷設の請願採択。  
・日蓮宗一妙寺野田追教会設立(後に法栄寺と寺号公称)。  
大正 3 1914 ・2月、落部村連合青年会結成。 ・1月、函館に初めて自動車入る。
・八雲・瀬欄間定期馬車運行開始。  
・3月、八雲青年連合会設立。  
・落部村に産業資金融資のため勤行会を設立(大正6年解散)。  
・4月、落部村漁業組合、コンブ礁造成のため投石事業開始。 ・4月、函館師範学校開校。
・八雲村森林防火組合設立。  
・八雲尋常高等小学校付属上鉛川特別教授場設置(昭和25年小学校昇格)。  
・5月、山火発生山林三四九二町歩、人家177棟94戸焼失。  
・下の湯地区山火発生、山林一〇〇町歩、炭焼き小屋6戸焼失。  
・6月、野田生市街火災発生、18戸焼失。  
・7月、八雲消防組二部制編成。 ・7月、第一次世界大戦ぼっ発。
・9月、望路、犬主間道路一里余(5・8キロメートル)開削。 ・8月、日本、ドイツに宣戦布告。
この年  
・黒岩に発しんチフス発生、遊楽部浜通りに隔離病舎建設。  
大正 4 1915 ・3月、北海道片栗粉同業組合聯合会第一回品評会開催。  
・4月、落部村二級町村制施行地に指定、初代村長岩間侍従就任。 ・4月、道史編集着手。
・大田半三郎、住初町でしょうゆ製造開始。  
・5月、落部村会議員選挙執行、奥田庄三郎ほか7名選出。  
・八雲電気株式会社創立、事業開始、市街点灯。  
・6月、落部村章制定。  
・落部村収入役、白藤権寮就任(大正9年11月退任)。  
・落部村内を11区に区分し、64の字名設置。  
・7月、八雲村長木村定五郎三選、助役日野恭三郎再選。  
・9月、役場職員、小学校教員に職服(制服)着用義務化(大正9年5月廃止)。  
・北洋漁業第1万盛大転覆事故により90名死亡、うち八雲村出身5名、落部村出身1名。  
・日本基督教団八雲教会、日本メソヂスト八雲教会として発足。  
・11月、即位の大礼に際し八雲村長木村定五郎、函館にて地方饗饌を賜り、80歳以上の高齢者に天杯を下賜。 ・11月、天皇、京都御所紫宸殿で即位の礼を挙行。
・徳川農場でばれいしょ試験畑を設置、品種改良実施。  
・及川兵発ほか有志、黒岩に天皇即位の記念碑建立。   
この年  
・諏訪神社の神殿増築、神饌幣帛料供進神社に指定。  
大正 5 1916 ・1月、落部村婦人会、落部村火防衛生婦人会と改称。  
・野田追恵比須神社、現東野に移転改築。  
・2月、八雲村収入役平野重次郎退職、五代収入役河西宗一就任。 ・3月北海道会法改正、議員任期を3年から4年に延長、次回より施行。
・5月、落部鉱山採掘開始するも10月稼働中止。  
・5月・6月、八雲村会議員半数改選執行10名、補欠選挙で2名当選。  
・6月、八雲尋常高等小学校付属大新特別教授場設置(昭和25年小学校昇格)。  
・落部郵便局簡易生命保険業務開始。  
・8月、第六期道会議員選挙執行、上野盛松三選。  
・9月、落部村二代村長佐々木菊松就任。  
・10月、梅村多十郎・大田半三郎が八雲倉庫合資会社創立。  
この年  
・岡野隆麿、川口良昌、八雲木工場を創業。  
・第一次世界大戦で農産物価格暴騰。  
・でんぷん価格暴騰、製造家568戸、生産量五四六万三六七五斤、生産額75万3589円。  
・梅村多十郎製粉合資会社創立。  
大正 6 1917 ・1月、青年会が青年団と改称。 ・1月、ロンドン農産物市場暴騰、青えんどう、でんぷん成金続出。
・2月、産業組合法による有限責任八雲信用購買組合設立、事務所を役場内に設置、木村村長組合長に就任。   
・4月、八雲村紋章制定告示。   
・5月、落部村、議員定数を10名と改正。  
・落部堤の沢、渡辺牧場に山火発生、七〇町歩余焼失。   
・7月、野田追処女会創立。  
・8月、落部村在郷軍人分会、忠魂碑建立。  
・野田生私設消防組創設、翌7年公設消防となる。  
・産業組合法による有限責任落部村信用組合設立、組合長宮川清次郎就任。  
・11月、全国一坪農業共進会で八雲産ばれいしょ全国選抜特等賞受賞。  
・落部八幡宮・落部稲荷神社を現在地に移転改築。  
この年  
・円融寺八雲教会所設立(昭和2年浄土寺と公称)。  
・セイヨウベツ駅逓設置(昭和2年廃止)。  
・このころの物価、木炭一三貫目一俵2円50銭、まき一敷5〜6円、サケ1匹1円20銭〜1円50銭、いも掘り賃金一俵9銭。  
大正 7 1918 ・1月、落部村会議員補欠選挙執行、北村欣作外1名選出。  
・4月、函館本線森駅から蕨岱駅間を担当区間として、八雲保線区設置。 ・4月、北海道帝国大学を札幌に設置。
・八雲消防組は野田生消防組を含め三部制となる。 ・札幌に電車開通。
・5月、八雲信用購買組合事務所設置。  
・7月、八雲信用購買生産組合と改称。  
・8月、鷲の巣青年団、開道50年記念事業として建岩遊園地造成、開墾記念碑建立。 ・8月、開道50年記念博覧会札幌・小樽で開催。
・11月、流行性感冒発生、死者73名、管内小学校45学級閉鎖。 ・米価暴騰、全国に米騒動発生。
・12月、八雲市街地に特設電話65基架設、通話開始。  
・八雲村を八雲町と改称告示(12月28日)。  
この年  
・八雲商工組合創設、初代組合長梅村多十郎就任。  
・大場鉱業所、遊楽部鉱山でマンガン採掘開始。  
・出雲山大徳寺設立。  
大正 8 1919 ・1月、八雲村町制施行、八雲町と改称、初代町長木村定五郎就任。 ・1月、パリ講和会議開催。
・八雲信用購買生産組合、梅村・大田両人から倉庫および製粉機を譲り受け農業倉庫事業開始。  
・4月、北海道農産物検査所八雲、野田生両出張所設置。 ・4月、北海道信用購買販売組合連合会設立認可。
・5月、八雲、山越内両漁業組合設立。 ・5月、衆議院議員選挙法改正、道内定数6人が12人に、選挙区6区が12区に増加、次期より実施。
・5月・6月、八雲町会議員半数改選執行、小川助次郎以下10名当選。  
・7月、町長に木村定五郎当選、助役に日野恭三郎選任。  
・8月、大田半三郎寄贈両陛下御真影奉安殿(レンガ造)工事地鎮祭実施、翌年10月完成、奉遷式挙行。  
大正 9 1920 ・2月、鷲の巣養鶏家八尾吉之助、八尾式仮母器を発明。 ・1月、国際連盟発足。
・3月、函館営林区大関保護区を分設。  
・5月、黒岩尋常小学校付属富岩特別教授場設置(昭和14年廃校)。  
・八雲電気株式会社、砂蘭部川上流に発電所開設。  
・8月、第七期道会議員選挙執行、大田半三郎当選。  
・10月1日、午前零時を期して第一回国勢調査実施、八雲町2762世帯、人ロ1万4413人、落部村575世帯、人口3141人。 ・10月、第一回国勢調査、本道人ロ235万9183人。
・11月、落部村二代収入役森岡茂一就任。  
大正10 1921 ・2月、八雲消防組に初めて動カポンプ導入。  
・5月、鉄道院建設部から瀬棚線施行の実地測量隊派遣。  
・7月、八雲町から四里三一町、熊石村から五里二六町五二間の地点に「ピリカベツ駅逓」設置。  
・9月、落部村三代村長に佐藤藤太郎就任(12月在職中死亡)。  
・八雲警察署分署が警察署に昇格。  
・10月、北海道銀行八雲派出所設置、大正12年1月出張所に昇格。  
・11月、町長を会長とする「農学校期成同盟会」を結成、農学校誘致運動を開始。  
・12月、情勢変化により、前記同盟会を「八雲中学校期成同盟会」と名称変更、運動続行。  
・大関・増田の両農場を徳川農場買収「ユーラップ農場」と改称。  
大正11 1922 ・1月、落部村四代村長菅原直次郎就任。  
・3月、村債により、落部村営電気事業実施。  
・4月、落部尋常小学校2ヵ年の高等科設置。  
・函館営林区署野田追保護区分設。  
・5月・6月、八雲町会議員半数改選執行、河合鍋吉以下10名、補欠選挙岡島新八当選。  
・5月、八雲信用購買生産組合、八雲信用購買生産利用組合と組織変更。  
・6月、北海道煉乳株式会社、八雲信用購買生産利用組合のでんぷん製造工場を借り受け、牛乳受け入れ開始。 ・8月、函館支庁を渡島支庁と改称。
・11月、八雲電気株式会社、函館水電株大会社と合併。 ・道内6区に市制施行(札幌、小樽・旭川・函館・室蘭・釧路)。
・12月、八雲高等国民学校設置、初代校長木村町長就任。  
・道参事会、大正12年度八雲中学校開設を可決。  
・高野山大師教会八雲支部設立(昭和22年八霊寺と寺号公称)。  
・落部村に納税組合結成。  
大正12 1923 ・4月、黒岩私設消防組創設、昭和3年公設となる。  
・庁立八雲中学校設置、初代校長瀬谷真吉郎就任。  
・5月、落部私設消防組創設。 ・5月、戸長役場全廃。
・6月、落部村会議員定期改選執行、長谷川信義以下10名当選。  
・7月、北海道煉乳株式会社、八雲に練乳工場建設、操業開始。  
・8月、徳川農場でトラクター、スレッシャー等新機械導入。  
・9月、落部村営電気事業完成、18日から点灯開始。 ・9月、関東大震災発生。
・10月、第七師団、道南で最初の機動演習実施。 ・11月、国民精神作興ニ関スル詔書発布。
・12月、八雲町助役日野恭三郎、長万部村長就任のため辞職。宇部貞太郎助役に選任。  
大正13 1924 ・3月、落部尋常高等小学校、児童保護会結成。 ・1月、裕仁親王、良子女王とご結婚式挙行。
・6月、第一回農村美術工芸品評会開催、木彫ぐま第一号出品。  
・福島新平地元新聞「八雲新報」を発行。  
・茂無部の菊地松太郎、大謀網を使用しマグロを大漁。  
・7月、八雲片栗粉同業組合解散。 ・7月、メートル法使用開始。
・8月、第八期道会議員選挙執行、大田半三郎再選。  
・9月、八雲町が中学校生徒の寄宿舎建築工事実施、12月完成。  
・10月、落部に初めて銭湯開業。  
・八雲少年団発足。  
・12月、私設落部消防組が公設となる。  
この年  
・天理教八雲集談所(都道分教会)設立。  
大正14 1925 ・1月、上の湯青年団結成。 ・1月、雑誌「キング」講談社創刊。
・5月、落部村営電気事業、野田追・下黄金沢まで延長。 ・5月、衆議院議員選挙法公布、25歳以上男子に選挙権付与。
・上の湯地区で温泉掘削、銀婚湯と命名。  
・5月・6月、八雲町会議員半数改選執行、幡野直次以下10名当選。  
・6月、落部村会議員選挙執行、定数10名に対し8名当選、9月補充補欠選挙執行。 ・7月、東京放送局ラジオ放送開始(JOAK)。
・10月、落部村五代村長高石胤介就任。  
・第二回国勢調査、八雲町2530世帯、人ロ1万3279人、落部村555世帯、3233人。  
・11月、小畑弥一郎、地元新聞「北海時事新聞」発刊。  
・12月、落部郵便局、公衆電話取扱業務開始。  
この年  
・八雲町在郷軍人分会「分会会館」設立。  
・天理教遊楽部集談所(遊楽部分教会)設立。  
大正15
昭和 元
1926 ・1月、処女会が女子青年団と改称。  
・4月、町立八雲家政女学校を八雲小学校に併置開校、初代校長に小学校長平尾覚次郎兼任。  
・6月、八雲信用購買生産利用組合、山崎に農業倉庫設置。  
・7月、青年訓練所令により、八雲高等国民学校に青年訓練所併置。  
・8月、北海道銀行八雲出張所が八雲支店に昇格。  
・9月、八雲神社が改築落成(建築費1万8000円)。  
・10月、落部村出稼漁夫供給組合創立。 ・12月、渡島海岸鉄道、東森−砂原間開通。
・11月、八雲警察署、新庁舎富士見町に新築。 ・12月25日、大正天皇崩御、皇太子裕仁親王即位、昭和と改元。
この年  
・黒岩の高田吉次「タケ鱒」罐詰工場新設するも、昭和6、7年ころ廃業。  
・落部村岡島清十多数羽飼育の養鶏を開始。  
昭和 2 1927 ・2月、八雲町収入役河西宗一、公金費消により北海道一級町村制114条適用解職。  
・3月、町長木村定五郎および町会議員総辞職。  
・4月、落部村六代村長中野隆暉就任。  
・蕨野女子青年団創立。  
・5月、株式会社八雲運送社設立。  
・6月、落部村会議員選挙執行、長谷川信義以下10名当選。  
・八雲町会議員総辞職による選挙執行、渡辺駒治以下10名当選。  
・8月、入沢地区で新生活運動開始。  
・9月、八雲町二代町長内田文三郎就任。  
・落部御料地内の農耕適地に山林・原野を加え自作農創設。  
・10月、八雲町収入役に小川乙蔵就任。  
・八雲町三代助役宇部貞太郎辞職、同日再選。  
この年  
・八雲信用購買生産利用組合、販売事業を追加、「八雲信用購買販売利用組合」と組織変更。  
・北海道煉乳株式会社八雲工場、大日本乳製品株式会社八雲工場と改称。  
・川口良昌、八雲化学工業所設立、乳酸カルシウム製造開始。  
・野田追郵便局加入電話架設。  
昭和 3 1928 ・1月、茂無部女子青年団創立。 ・1月、大相撲のラジオ実況中継放送開始。
・2月、門間金五郎、地元新聞「八雲日日新聞」創刊。 ・2月、最初の衆議院議員普通選挙執行。
・3月、落部商工組合創立、初代組合長奥田鉾就任。  
・6月、落部にラジオが入りはじめた。 ・6月、札幌放送局開局。
・山越郡畜牛馬産組合、東雲町に組合事務所と競馬場新設。  
・7月、落部畜牛組合、共同集乳所設置。 ・7月、私立函館図書館、函館市に移管開館。
・8月、八雲町創基50年祭挙行。  
・第九期道会議員選挙、大田半三郎当選。  
・八雲町在郷軍人分会、常丹(現、熱田)に実弾射撃場設置。  
・9月、愛国婦人会、農村託児所を西教寺に開設。 ・9月、長輪線全線開通。
・落部尋常高等小学校現在地に移転。  
・11月、辻本繁、私立八雲聾唖学院創立。 ・11月、ラジオ体操放送開始。
この年  
・八雲中学校後援会結成。  
・民有未墾地開発資金貸付規程による第一次自作農創設。  
・上八雲郵便局設置、初代局長中本六郎就任。  
・山越内私設消防組創設(昭和6年公設となる)。  
昭和 4 1929 ・5月、八雲信用購買販売利用組合、野田生支所に購買部設置。  
・6月、落部村会議員選挙執行、長谷川信義以下12名当選。 ・6月、駒ヶ岳大爆発、山ろく八か町村に大被害もたらす。
・10月、落部村七代村長高松新一郎就任。  
・落部市街に木管による簡易水道布設、13日から給水開始。  
・山崎、黒岩点灯開始。  
この年  
・天理教茅部出張所(茅部分教会)野田生に移転。  
・小川嘉市所有の落部台の上地区開放、21戸自作農創設。  
昭和 5 1930 ・2月、八雲尋常高等小学校創立50年記念式挙行。  
・4月、柏木地区、渡島管内唯一の輪作増収指導所に指定。  
・佐治為忠、自動車業開始(つばめ自動車部)。  
・5月、道会議員補欠選挙執行、幡野直次当選。  
・6月、八雲町会議員選挙(普選第一回)執行、渡辺駒治以下24名当選(定数24名)。  
・立岩橋架橋。  
・7月、地方公認競馬期成会設立。  
・8月、八雲−熊石間「雲石道路」改良工事着工。  
・9月、北海道銀行八雲支店、新店舗落成。  
・木彫ぐま、日本土産品として帝国工芸会長推奨。  
・10月、第三回国勢調査、八雲町2600世帯、人ロ1万4541人、落部村677世帯、人口3966人。  
・八雲自動車合資会社設立、八雲―上八雲間定期自動車運行開始。  
・12月、落部村八代村長萬清治就任。  
・落部羆吼会と称する弁論団体結成。  
・北海時事新聞廃刊、半田嘉重「八雲新聞」発刊。  
昭和 6 1931 ・1月、八雲競馬、地方公認競馬となる。 ・1月、田河水泡作「のらくろ」少年倶楽部連載開始。
・4月、落部村役場、落部村報発刊(廃刊年次不詳)。  
・山越内消防組公設となる。  
・落部村野田追地区五地区農民、八雲信用購買販売利用組合の組合員に加入(昭和15年脱退)。  
・6月、鉛川鉱山、八雲鉱業株式会社経営となり、八雲鉱山と改称。  
・八雲神社郷社に昇格。  
・7月、柏木地区、農林省から共同経営地に指定。 ・9月、満洲事変がぼっ発。
・9月、内田文三郎町長に再選、名誉職町長に就任。 この年
・10月、八雲町助役宇部貞太郎三選、収入役小川乙蔵再選。 ・日本最初のトーキー映画制作。
・11月、函館の人佐々木平次郎、東遊楽部に魚粉工場新設。 ・北海道・東北地方冷害大凶作。
昭和 7 1932 ・1月、八雲酪農販売利用組合設立。  
・2月、北海道製酪販売組合聯合会と大日本乳製品株式会社分業統制実施。 ・2月、NHK函館放送局開局。
・6月、八雲消防組、最初の自動車ポンプ購入。 ・6月、道内大手乳業5社、練乳販売規制のため、生産販売協定実施。
・7月、役場前に八雲開拓記念碑建立。  
・第一〇期道会議員選挙執行、幡野直次・岡部五郎・大田半三郎当選(定員4名)。  
・大降雨にて遊楽部川はんらん、ワシノス畑地一三〇町歩冠水、市街地床上浸水多数。  
・10月、落部龍穏寺説教所(光聖寺前身)開設。 ・10月、農山漁村経済更生計画通達が出された。
・11月、落部村三代収入役宮川守次郎就任。 ・11月、瀬棚線、国縫―瀬棚間全通。
・12月、茂無部にて強盗殺人事件発生。  
この年  
・茂無部にフィッシュミール工場設置。  
・山越に出水いしの経営缶詰工場新設されるも間もなく廃業。  
・落部に劇場平沢座新設。  
昭和 8 1933 ・1月、八雲熊石自動車合資会社設立認可。 ・3月、政府国際連盟脱退を通告。
・5月、落部漁業組合、コンブ礁造成投石事業開始。 ・4月、札幌飛行場完成、東京―札幌間に旅客機飛ぶ。
・落部下二股金山採掘開始。  
・6月、落部村会議員選挙執行、長谷川信義以下12名当選。  
・7月、遊楽部橋永久橋架替工事開始。  
・9月、電気料金値下げ運動激化、会社側断線強行実施。  
・12月、大日本乳製品株式会社、明治製菓株式会社に合併。 ・12月、皇太子明仁親王誕生。
・紛争下の電気値下げ騒動、会社側の皇太子誕生奉祝無料点灯により解決。 ・この夏「東京音頭」の盆踊り流行、全国に波及す。
・雲石道路開通。  
・木村卯吉、落部で木工場創業。  
この年  
・松田武策、毛ガニ缶詰工場新設。  
・竹内与吉、山崎で毛ガニ缶詰工場新設。  
昭和 9 1934 ・2月、落部村信用購買販売組合、事務所・農業倉庫新築。 ・3月、函館市大火、全市3分の1を焼失、近隣町村救援隊派遣、義援金拠出。
・4月、鮭魚共同ふ化事業道庁に移管、北海道千歳鮭鱒ふ化場付属遊楽部ふ化場設置。  
・茂無部尋常小学校児童数増加のため、高学年生徒落部尋常高等小学校に通学。  
・栗の木岱村有林出火、山林六町歩焼失。  
・5月、八雲尋常高等小学校八雲鉱山特別教授場設置。  
・6月、八雲町会議員選挙執行、渡辺駒治以下24名当選。  
・郷社八雲神社に徳川慶勝命一柱合祭。 ・7月、長万部村大火発生。
・8月、遊楽部橋完成、渡橋式挙行。  
・9月、徳川農場、野田追地区小作地解放、野田追29戸、黄金沢60戸自作農創設。  
・12月、噴火湾ボタンエビ捕獲漁船数制限、落部村60隻。 ・12月、丹那トンネル開通、延長7804メートル。
この年  
・冷害凶作のため落部村政府貯蔵米払い下げ、12月から翌年9月まで困窮農家へ売却。 ・母船式南氷洋捕鯨開始。
・落部村立病院(愛山医院)設置。  
昭和10 1935 ・2月、故大島鍛所有図書600冊を維持する大島文庫維持会発足(昭和24年町へ寄贈)。  
・4月、渡島漁業株式会社、落部に漁場設置。 ・4月、北大付属水産専門部、函館に移転、函館高等水産学校として発足。
・5月、上八雲に、拓殖診療所設置。  
・7月、落部村漁業組合、無限責任落部村漁業協同組合に改組。  
・8月、北大児玉作左エ門博士、落部アイヌ人骨発掘調査。  
・9月、八雲町長内田文三郎退職、三代町長宇部貞太郎名誉職町長に就任。  
・10月、第四回国勢調査、八雲町2825世帯、人ロ1万7002人、落部村701世帯、人口4207人。  
・青年訓練所を青年学校と改称。  
・落部村営電気事業、帝国電力株式会社に売却。  
・11月、落部村漁業協同組合事務所、十字街浜側に新築移転。  
・12月、八雲町収入役小川乙蔵三選就任。  
・八雲村漁業組合は無限責任八雲漁業協同組合として認可。  
昭和11 1936 ・1月、落部村九代村長東海林三郎就任。  
・明治製糖株式会社八雲駐在所設置。  
・遊楽部川護岸工事着工。 ・2月、鶴田知也、小説「コシャマイン記」発表第三回芥川賞受賞。
・山越内村漁業組合は無限責任山越内漁業協同組合として認可。 ・皇道派青年将校、クーデター企画、政府高官殺害2・26事件発生、内閣総辞職。
・2月、八雲町会、昭和11年度実科高等女学校設置可決。 ・木炭自動車道行開始。
・3月、高等女学校令による「北海道八雲実科高等女学校」設置認可、4月開校式挙行。 ・3月、関西の漢詩人、藤原仙渓道南巡視、落部・八雲について作詩。
・6月、八雲鉱山、中外鉱業株式会社八雲鉱業所と改称。  
・八雲町四代助役小川乙蔵就任。  
・7月、八雲町七代収入役安藤太郎就任。  
・落部消防組に初の自動車ポンプ導入。  
・8月、第一一期道会議員道挙執行、大田半三郎・幡野直次当選。 ・8月、天皇陛下、陸軍特別大演習統裁のため北海道行幸。
・長谷川武雄・稔・薫、八雲尋常高等小学校校庭に二宮尊徳銅像建立。  
・大演習中、落部村特産ボタンエビ、天皇陛下御料品に献上。同じく八雲産ばれいしょ、マンガン鉱・木彫ぐま・バター・あめ等天覧に供す。  
・10月、トリコモナス原虫による牛の生殖器伝染病発生。 ・12月、慶弔電報取扱開始。
・落部海岸、秋イワシの大漁続く。 ・経済政策、戦時体制に編制替え。
昭和12 1937 ・2月、八雲漁業協同組合、現東町に仮事務所設置、12月事務所新築。   
・八雲町会、実科高等女学校独立校舎新築可決、8月着工、12月完成。  
・3月、落部村収入役宮川守次郎再選。  
・八雲実科高等女学校定員増加(80→100名)補習科(50名)設置、文部大臣認可。  
・4月、野田生尋常小学校高等科設置。 ・4月、日本航空輸送梶A札幌・東京間定期航空路開設(東京まで6時間)。
・上の湯特別教授場が小学校に昇格。  
・6月、落部村会議員選挙執行、長谷川信義以下12名当選。 ・7月、蘆溝橋で日中両軍衝突、日中戦争ぼっ発。
・8月、八雲商工組合解散、八雲商工会設立、初代会頭鈴木永吉就任。  
・国防婦人会、八雲町・落部村分会設立。  
・9月、銃後後援会(奉公会)結成。  
・専売局八雲煙草販売所設置。  
・10月、郷社諏訪神社改築。 ・10月、道庁、国民精神総動員実施要綱示達。
・11月、落部村一〇代村長久保正信就任。 ・11月、日・独・伊防共協定締結。
・八雲実科高等女学校後援会結成。 ・新撰北海道史全七巻刊行。
・12月、北海道鮭鱒孵化場渡島支場を設置、初代支場長石川博就任。 ・12月、日本軍、南京占領大虐殺事件を起こす。
・本町通り火災発生、5棟8戸焼失。  
・落部共同墓地に火葬炉設置。  
昭和13 1938 ・3月、道会議員補欠選挙執行、米沢勇当選。  
・八雲実科高等女学校本科修業年限4年、定数200名認可。  
・4月、落部村四代収入役松田光重就任。 ・4月、国家総動員法公布。
・5月、山崎郵便取扱所設置(昭和15年郵便局に昇格、初代局長石川斌郎就任)。 ・5月、ガソリン切符制度実施。
・6月、八雲町会議員選挙執行、渡辺駒治以下24名当選。  
・7月、落部村季節託児所開設。  
・8月、徳川農場、上八雲の土地解放、38戸の自作農創設。  
・八雲町開墾60年記念行事開催。  
・9月、落部村一一代村長辻村美矩就任。  
この年  
・金毘羅教会設立(昭和21年高野山真言宗金毘羅院と改称)。  
・夏季以来干天続き農作物凶作。  
昭和14 1939 ・1月、都築秋彦・片桐直明・加藤一正・梅村律義四青年酪農経営のため渡満。  
・2月、山越内漁業協同組合事務所新築。  
・3月、富岩特別教授場廃止。  
・4月、警防団令施行、八雲、落部警防団設立。 ・4月、米穀配給統制法公布。
・大関尋常小学校高等科併置。 ・5月、ノモンハン事件ぼっ発。
・青年学校義務制実施。 ・6月、遊興営業時間短縮、ネオン全廃パーマネント、長髪禁止。
・8月、酪農振起20周年記念として乳牛感謝の碑建立感謝祭挙行、以後毎年実施。 ・7月、国民徴用令公布。
・9月、八雲町長宇部貞太郎再選。 ・9月、興亜奉公日(毎月1日)設定。
・八雲商業組合設立認可、10月理事長鈴木永吉就任。 ・インフレ防止政策9・18、価格ストップ令施行。
・明治製菓株式会社八雲工場、上八雲に集乳所設置。  
・函館無尽株式会社八雲出張所開設、初代所長岡野利治就任。  
・10月、落部村役場改修工事実施。  
・八雲町長宇部貞太郎、渡島町村会長就任。  
・11月、落部村商業組合設立、組合長瀬下善一就任。  
昭和15 1940 ・3月、富有別特別教授場廃止。  
・4月、黒岩・八雲鉱山小学校高等科設置。 ・4月、米・みそ・砂糖・マッチ・塩等10品目切符制採用。
・報道統制により、八雲新報・八雲日日新聞・八雲新聞合同して「八雲合同新聞」発行。  
・落部尋常高等小学校、紀元2600年記念事業に栗の木岱村有地に落葉松3000本植樹。  
・6月、八雲町助役小川乙蔵退職。  
・新体制運動として町内会・部落会結成(落部は8月)。  
・7月、八雲町収入役安藤太郎再任。  
・地方競馬規則廃止により、八雲競馬閉鎖。  
・落部村「農山漁村経済更生特別助成」村に指定。  
・沿岸12漁業協同組合、エビ漁について入会漁業協定締結。  
・第一二期道会議員選挙執行、米沢勇当選。 ・9月、日・独・伊三国軍事同盟締結。
・10月、第五回国勢調査、八雲町2709世帯、人ロ1万6119人、落部村667世帯、人口4140人。 ・10月、大政翼賛会発会式。
・11月、八雲町助役田仲孝一就任。 ・11月、紀元2600年記念式典挙行。
  ・大日本産業報告会創立。
昭和16 1941 ・1月、落部沖で、エビ手繰り網漁船転覆事故発生、死者16名。  
・大政翼賛会、八雲町・落部村両支部発足。  
・野田生市街地火災発生、21棟16戸焼失。  
・2月、八雲実科高等女学校、4月から「北海道八雲高等女学校」と改称。  
・落部尋常高等小学校校舎全焼。  
・町会、高等女学校増築工事可決、4月着工9月完成。  
・3月、明治製菓株ェ雲工場・酪連八雲工場合併、株式会社北海道興農公社と改称。 ・3月、国民学校令公布、4月1日から小学校を国民学校と改称。
・4月、山越内国民学校高等科設置。 ・4月、生活必需物資統制令公布。
  ・主食一日大人二合三勺の配給制実施。
・10月、八雲合同新聞廃刊。 ・10月、東条英樹内閣成立。
・12月、道会、八雲町立高等女学校(昭和16年2月27日認可)、昭和17年度から地方費移管可決。 ・一般乗用自動車ガソリン使用禁止。
  ・米穀通帳制実施。
  ・金属回収令公布。
この年  
・八雲鉱山巡査派出所設置(昭和23年廃止)。 ・米・英両国に宣戦布告、太平洋戦争開始。
・八雲耕土改良研究会発足、町長会長となり下層土研究着手。 ・言論・出版・放送・集会・結社・統制等臨時取締法公布。
昭和17 1942   ・1月、毎月8日を大詔奉戴日と決定(興亜奉公日廃止)。
  ・大日本翼賛壮年団結成。
  ・食塩通帳配給制実施。
  ・農業生産統制令公布、主食物雑穀類供出制度開始。
  ・2月、衣料に点数切符制を実施。
  ・シンガポール陥落。
  ・愛国・国防婦人会を統合、大日本婦人会創立。
  ・食糧管理法公布。
  ・3月、米英系音楽・演劇映画・外来語の禁止措置実施。
・4月、八雲町立高等女学校が北海道庁立八雲高等女学校と改称。 ・4月、米軍機東京・名古屋・神戸を初空襲。
・5月、八雲駅前郵便局設置、初代局長三輪大一就任。 ・5月、企業整備令公布。
・6月、八雲町会議員選挙(翼賛選挙)執行、渡辺駒治以下24名当選。  
・7月、落部村会議員選挙(同前)執行、須藤秀吉以下12名当選。 ・金属回収令により、寺院仏具、釣り鐘等の強制供出開始。
・全焼した落部国民学校新築落成。  
・本町通り火災発生、7棟6戸焼失。  
・11月、北海道農産物検査所八雲出張所、北海道食糧検査所八雲出張所と名称変更。 ・11月、道内新聞11社を合併、北海道新聞創刊。
・12月、落部村五代収入役和山惣七就任。 ・国鉄乗車券発売制限開始。
この年 ・食糧の買出し、ヤミ取り引き流行。
・落部村スケトウタラ大漁。
昭和18 1943 ・1月、山越内漁業協同組合、八雲漁業協同組合と合併。 ・2月、日本軍ガダルカナル島撤退開始
・2月、追補責任八雲町森林組合設立、組合長宇部町長就任。 ・長万部村、町制施行。
・4月、八雲陸軍飛行場建設工事着工、10月完成。 ・3月、町村制改正、北海道一、二級町村制廃止、6月施行。
・6月、町村制改正、二級町村落部村内務大臣指定町村となる。 ・5月、米軍アッツ島上陸、日本軍全滅。
・帝産航空蒲歯剥H場操業開始、航空機用単板製造。  
・落部村初代助役松田光重就任。  
・道南自動車株ェ雲営業所創立。  
・8月、飛行場建設飯場から伝染病患者続出。  
・落部村商業組合、落部村配給統制組合と名称変更。  
・9月、八雲町長宇部貞太郎三選。  
・八雲営林区署設置、初代署長杉原四郎就任、元高等国民学校校舎を庁舎に充当。  
・10月、宮中新嘗祭供御「精栗」献穀、奉耕者幸村熊次郎・妻さだ。  
・12月、八雲町国民健康保険組合設立。 ・12月、第一回出陣学徒入営徴兵年齢1年引き下げとなる(19歳)。
この年  
・竃k海道興農公社八雲土管工場設立。  
・牛の人工授精開始。  
昭和19 1944 ・1月、水産団体法により落部漁業会設立。  
・2月、農業団体法により落部村農業会設立。  
・3月、八雲漁業会設立。 ・3月、全国の新聞夕刊廃止。
  ・学徒勤労動員実施
・4月、八雲町農会・同信用購買販売利用組合・同酪農販売利用組合、三者統合「八雲町農業会」発足、会長宇部町長就任。  
・6月、日本医療団八雲病院、付属奨健寮設置、病院長岡部五郎就任。 ・6月、米軍サイパン上陸、7月日本軍玉砕。
・7月、八雲煙草販売所、日本専売公社八雲出張所と改称。 ・7月、米軍グアム島上陸、8月日本軍玉砕。
・落部村内赤痢患者続発。 ・8月、竹やり訓練始まる。
・八雲町収入役安藤太郎再任(三期)。 ・家庭用砂糖配給停止。
・落部・森両漁業会、境界線の暫定協定締結。   
・八雲商業組合、八雲配給統制組合と名称変更。   
・9月、鷲の巣信号場開設。 ・10月、兵役法改正公布(17歳以上を兵役法に編入)。
・北海道銀行八雲支店、拓銀・北海道銀行の合併により、北海道拓殖銀行八雲支店と改称。 ・五銭、一〇銭の新紙幣発行。
・10月、日本通運株式会社八雲支店開業。 ・中国基地のB29約100機北九州を空襲。
・11月、八雲飛行場付帯緊急工事、毎日7千人を動員完成。 ・11月、タバコ、男子一日6本隣組配給となる。
昭和20 1945 ・4月、保健所令により八雲保健所設置決定されるも、本土決戦に備え、緊急工事等のため工事難航、翌年に及んだ。 ・2月、硫黄島全滅。
・山崎国民学校に高等科併置。 ・3月、国民勤労動員令公布。
・7月、米軍機、道南各地襲撃、黒岩沖で2名死亡、4名負傷。鷲の巣信号場で列車機関手1名負傷、山崎駅銃撃を受く。 ・東京・大阪大空襲。
・8月、大阪府から集団帰農者(沖縄県人)31世帯来町、各地区分散入植。 ・激戦教育措置要綱閣議決定、中等学校1年間授業停止、常時勤労動員とする。
・9月、元樺太第六野戦航空修理廠第二分廠、陸軍少佐林嶋太郎を団長とする一行36世帯、八雲飛行場へ集団帰農入植。 ・4月、米軍沖縄上陸、守備軍全滅。
・10月、元陸軍病院、札幌陸軍病院八雲分院となり、12月国立札幌病院八雲分院と改称、初代分院長継茂就任。 ・5月、北海道国民義勇隊結成、大政翼賛会解散。
・12月、八雲農村建設連盟結成。 ・8月、B29、広島・長崎に原子爆弾投下。
  ・ソ連、対日宣戦布告。
  ・日本ポツダム宣言受諾。
  ・8月15日終戦の詔勅が下され、日本無条件降伏、第二次世界大戦終了。
  ・連合国総司令部(GHQ)設置。
  ・9月、官公庁の日曜日休業復活。
  ・GHQの要求により大本営廃止。
  ・10月、軍国主義的教材削除、「墨塗り教科書」使用。
  ・GHQ、政治・民権・信教の自由に対する制限撤廃。
  ・11月、兵役法廃止。
  ・12月、GHQ、修身・日本歴史・地理の授業停止指令を出す。
  ・青函連絡船乗降客にD・D・T散布開始。
  ・婦人参政権を含む改正選挙法成立。
  ・ソ連、千島列島・択捉・国後・色丹・歯舞諸島占領。
  この年
  ・戦災・凶作により極度の物資・食糧難となる。
昭和21 1946 ・1月、第一回冬期酪農学校開催。 ・1月、GHQ、公職追放令を指令。
・2月、改正農地調整法による第一次農地改革実施。 ・2月、金融緊急措置令公布、新円切り替え、預金封鎖開始。
・3月、八雲郵便局普通局に昇格。 ・3月、物価統制令公布。
・八雲新報久下幸記により復刊。  
・4月、緊急開拓事業要項により、旧陸軍飛行場一部使用許可、町は旧所有者および林興農社に貸付。 ・4月、戦後初の衆議院議員総選挙執行。
・八雲保健所落成、6月開所式、初代所長天草靖夫就任。  
・5月、熊嶺地区に15戸入植。 ・5月、極東国際軍事裁判開廷。
・日本社会党八雲支部結成。 ・第一次吉田内閣成立。
・6月、八雲冷蔵有限会社設立。 ・10月、GHQ歴史教育再開許可。
・札幌普通逓信講習所八雲分室設置、旧軍用建物充当。 ・11月、日本国憲法発布。
・11月、町長宇部貞太郎、助役田仲孝一退職、町長臨時職務代理者大塚卯次郎選任。 ・当用漢字、新かなづかい決定。
・町村制改正、町会議長・副議長は議員互選となり、議長渡辺駒治、副議長佐久間寅八郎選任。 ・第一回国民体育大会、大阪・京都で開催。
・12月、八雲、落部第一回農地委員選挙執行、それぞれ10名当選、八雲町、落部村農地委員会設置。 ・12月、食糧危機、インフレ続行。
・八雲町農村革新連盟結成。  
・徳川農場解放、自作農創設。  
・軍用建物三棟引揚者収容施設に充用、新生寮と称す。  
・八雲―熊石間の鉄道敷設請願、国会で採択。  
昭和22 1947 ・1月、落部村竜穏寺説教所、白竜山光聖寺と寺号公称。  
・国立八雲病院前郵便局設置、初代局長松田武策就任。  
・八雲町会副議長佐久間寅八郎辞任、2月長谷川鎰副議長就任。  
・北海道興農公社、北海道酪農協同株式会社と名称変更。  
・2月、配給統制組合組織変更、八雲、落部商業協同組合設立。  
・八雲町農業会、農村電化事業実施、大新ほか12地区、434戸、1730灯、動力48戸電化完成。  
・3月、第二次農地改革により農地買収開始。 ・3月、教育基本法・学校教育法公布(6・3・3・4制規定)。
・帝室林野局廃止、落部御料地国有地となる。  
・八雲漁業会、警防団に消防自動車(車体)寄贈。  
・4月、第一回民選首長選挙執行、八雲町長眞野万穣、落部村長愛山行永当選就任。 ・4月、町内会・部落会・隣組を廃止。
・町村会議員選挙執行、八雲町26名(定数)、落部村16名(定数)当選就任。 ・独占禁止法公布。
・道会議員選挙執行、三沢正男・渡辺駒治当選。 ・民選初の北海道庁長官田中敏文就任。
・5月、八雲簡易裁判所・八雲区検察庁設置、山越郡下管轄。 ・新学制による小・中学校発足。
・学制改革により、本校として「八雲中学校」を設置し、黒岩・山崎・大関・八雲鉱山・山越内・野田生の6小学校に八雲中学校の分校を併設。 ・5月、日本国憲法施行。
・落部村助役和山惣七、収入役松田光重選任。 ・地方自治法施行。
・6月、八雲町助役大塚卯次郎選任。 ・林政改革にょり、国有林、御料林は農林省、地方林は道の所管となる。
・7月、八雲税務署設立、旧軍用建物を充用開庁。 ・6月、片山内閣成立。
  ・7月、食糧供出に強権発動。
・山越内漁業会、八雲漁業会から分離独立。 ・北海道帝国大学が北海道大学と改称。
・八雲農村連盟、全道農民同盟組織に加入、八雲農民同盟と改称。  
・落部警防団廃止、落部消防団結成。  
・8月、八雲警防団廃止、消防団に改組、私設山崎消防組を第五分団として編入。 ・9月、瀬棚郡利別村、町制施行今金町と改称。
・10月、臨時国勢調査実施、八雲町3512世帯、人口1万9227人、落部村911世帯、人口5092人。  
・11月、一妙寺野田追教会所、妙見山法栄寺と寺号公称。 ・11月、農業協同組合法公布
・12月、落部中学校野田追分校設立。 ・北海道農業会解散、北海道農業協同組合連合会設立。
昭和23 1948 ・1月、熊嶺地区開拓者、道有電力抜根機借り受け、7月送電工事完成。 ・1月、帝銀事件発生。
・八雲郷土史研究会発足。 ・大沼電鉄開業、鹿部―銚子口間。
・3月、新警察法施行、八雲町公安委員会設置。自治体警察八雲町警察署発足、初代署長警部小林髓輝就任。  
・八雲町、落部村農業協同組合設立。  
・4月、八雲町農業協同組合人工授精所設立。 ・4月、新制高等学校発足。
・新制度による八雲中学校の各分校、それぞれ独立中学校設置。 ・夏時刻法公布(4月〜9月)、昭和27年4月11日廃止。
・5月、竃k海道興農公社八雲土管工場、北海道農材工業株ェ雲工場と名称変更。  
・八雲町消防吏員定数設置条例制定、常備部を設置。  
・6月、八雲町長眞野万穣に対する町長解職請求、7月15日投票の結果信任。  
・7月、八雲町収入役安藤太郎再任(四期)。 ・7月、国民の祝日に関する法律公布。
・八雲町農業調整委員会設置。 ・民生委員法公布。
・八雲町役場上八雲出張所設置。 ・北海道酪農青年研究連盟創立。初代委員長太田正治就任。
・国立札幌病院八雲分院独立、国立八雲病院と改称。  
・10月、「徳川農場」標札を納め、旧徳川家所有地を譲り受け八雲産業株式会社設立。  
・11月、落部、白竜山光聖寺入沢へ移転。  
・八雲町創基七十周年記念式典実施。  
・12月、八雲町広報紙「八雲時報」創刊号発行。  
この年  
・秋ごろから翌24年夏にかけて、休電日・時間停電・ローソク送電など電力制限実施。  
昭和24 1949 ・1月、道南一帯大暴風雨、落部村川向全戸浸水。  
・4月、八雲漁業協同組合設立。 ・4月、GHQ1ドル360円の単一為替レート設定。
・八雲高等学校と八雲女子高等学校合併、八雲高等学校として発足。  
・八雲町消防本部条例公布施行。  
・八雲小学校熊嶺分校設置(昭和27年小学校昇格)。  
・落部中学校上の湯分校設置。  
・5月、八雲町公民館開館。 ・5月、年齢のとなえ方に関する法律公布、昭和25年1月1日施行。
・山越、黒岩両漁業協同組合設立。 ・酒類自由販売再開。
・6月、八雲地方食品協会設立。 ・新制国立大学設置。
・八雲漁業協同組合長米沢勇、道漁連会長就任。 ・7月、国鉄総裁下山定則登庁途中行方不明、6日れき死体となって発見、下山事件発生、未解決。
・八雲電気通信管理所、八雲電報電話局設置、郵便局より分離。 ・中央線三鷹駅で無人電車暴走事件発生、死者6名。
・八雲町鮭鱒孵化事業協力会、遊楽部川鮭鱒保護協力会として新発足。  
・札幌普通逓信講習所八雲支所、電気通信職員訓練所八雲学園と改称(昭和25年8月閉鎖)。  
・7月、落部村消防本部、役場内に設置。  
・山越水産加工業協同組合設立。 ・8月、東北本線金谷川・松川間で列車転覆事件発生、死者3名。
・9月、八雲町都市計画区域指定を受ける。 ・米価審議会設置。
・渡島信用組合八雲支店開業(昭和26年渡島信用金庫と改称)。 ・10月、北海タイムス創刊号発行。
・落部村農業協同組合、野田追紡毛工場設置。  
・落部漁業協同組合設立。 ・11月、新聞夕刊復活。
・12月、落部中学校独立校舎第一期工事完成。 ・12月、お年玉つき年賀はがき売り出し開始。
・若松町(本町6区)簡易ブロック舗装工事完成。  
・八雲町青年団体協議会結成。  
昭和25 1950 ・3月、八雲中央漁業協同組合設立。 ・1月、千円札発行。
  ・2月、第一回札幌雪まつり開催。
・4月、山越内漁業協同組合設立。 ・4月、道立札幌医科大学設置。
・函館土木現業所八雲派出所上棟式。  
・5月、国立八雲病院付属看護学院(乙種)設置。 ・5月、北海道緑化推進委員会設立。
・落部中学校野田追分校独立、野田追小学校に併置。  
・大新小学校設置。  
・八雲消防組常備部廃止、本部設置、米沢勇団長兼務消防長就任。  
・旧八雲飛行場米軍接収、新飛行場建設。  
・米国から種雄牛精液空輸、人工授精実施。  
・6月、道有貨付牛20頭借り受け、無牛農家貨付開始。 ・6月、韓国・北朝鮮両軍全面戦争突入。
・集排法により北海道酪農協同株ェ雲工場は雪印乳業株ェ雲工場として新発足。 ・北海道開発庁発足。
・落部村助役奥田保男、収入役和山惣七就任。  
・7月、八雲中小企業相談所開設。 ・7月、金閣寺、同寺徒弟放火により全焼。
・第一回八雲町体育大会開催。  
・8月、八雲・長万部および茅部北部海区漁業調整委員会委員選挙執行。 ・8月、警察予備隊令公布。
・熊嶺小学校校舎落成。  
・9月、上鉛川分校、小学校に昇格。  
・10月、八雲鉱山に上鉛川簡易郵便局設置(受託者八雲町長、31年鉛川簡易郵便局と改称、44年廃局)。  
・北海道拓殖銀行長万部出張所、八雲支店と合併。  
・上の湯小中学校校舎落成。  
・第七回国勢調査、八雲町3657世帯、人口2万525人、落部村907世帯、人口5375人。  
・11月、八雲ボーイスカウト結成。  
・12月、都市計画街路事業着手。  
・引揚者住宅10棟20戸日の出町4に建設。 この年
・山越内中学校独立校舎新築。 ・朝鮮戦争による特需景気起こる。
昭和26 1951 ・1月、民営による米穀販売業者登録制実施。  
・2月、八雲町消防団長兼消防長に佐久間省一就任。 ・2月、北海道議会議事堂新築。
・3月、八雲町、落部村農業委員会設置。  
・4月、八雲町長眞野万穣任期満了退職。 ・4月、マッカーサー解任、リッジウェイ司令官後任となる。
・公選により八雲町長田仲孝一、落部村長愛山行永当選。  
・同じく八雲町議会議員小川四郎以下26名、落部村議会議員斉藤吉之丞以下14名当選就任。  
・第一四期道議会議員選挙、三沢正男当選。  
・5月、八雲町官公衙諸団体等連絡協議会設立。 ・5月、道知事田中敏文当選(二期)。
・八雲保健所新庁舎落成。 ・児童憲章制定。
・6月、八雲町助役大塚卯次郎再選。 ・北海道電力株式会社設立。
・北洋漁業生産組合設立。  
・中央劇場・第二劇場開設。  
・7月、八雲町教育研究所発足。 ・7月、北海道開発局設置。
・8月、忠魂碑を八雲神社境内に移転、英霊碑と改称。 ・日本航空株式会社設立。
・八雲―熊石間鉄道敷設について衆議院運輸委員会に陳情。  
・9月、住民投票実施、自治体警察廃止。 ・9月、日米安全保障条約調印。
・戸数増加により、信用町を分割、新富町新設。  
・落部村漁家、魚田開発のため羅臼へ9戸移住。  
・10月、国家地方警察八雲警察署発足。 ・10月、札幌―東京間民間航空再開。
・八雲―今金間連絡道路開通。  
・函館公共職業安定所八雲分室、富士見町に開設。  
・日の出町4を豊河町と改称。  
・11月、八雲町養鶏農業協同組合設立。  
・上八雲地区電化事業完成。  
・八雲町農業協同組合「農村家政学院」開設。  
・公営住宅建設予定に伴い真荻町新設。  
・落部入沢地区、造田工事着手。  
・落部漁港新設事務所設立。  
・落部劇場開業(平沢座改称)。  
・12月、八雲中学校校舎および体育館完成。  
昭和27 1952   ・1月、札幌市警察本部白鳥警備課長射殺さる。
・3月、八雲漁港設置期成会発足。 ・3月、十勝沖地震発生。
・4月、八雲町役場黒岩出張所開設。 ・民放北海道放送(HBC)開始。
・八雲町消防署開設、署長小林清任命。 ・4月、対日平和条約発効、GHQ廃止。
・野田生原中学校、野田生原小学校に併置。  
・道南家畜人工授精所設立。  
・5月、山火発生、一七七九町歩の山林、民家8棟2戸焼失。  
・北洋漁業再開、落部村からの北洋出稼復活。  
・6月、八雲警察署管轄区域に長万部町と落部村編入。  
・函館開発建設部八雲出張所庁舎落成(東雲町)。  
・八雲町身体障害者福祉協会設立。  
・7月、八雲町収入役安藤太郎再選(五期)。 ・7月、住民登録法施行。
・上八雲・八線地区電化工事完成。  
・北海道八雲家畜保健衛生所設置。  
・八雲簡易裁判所新庁舎落成。  
・落部漁港築設工事着工。  
・9月、国費による遊楽部川治水工事着工。  
・上鉛川中学校、上鉛川小学校に併置。  
・渡島信用金庫店舗新築。  
・10月、音名川に鮭鱒孵化場遊楽部事業場新設。 ・10月、警察予備隊を保安隊に編成替え。
・11月、八雲町、落部村教育委員会設置。 ・11月、皇太子成年式、立太子礼挙行。
・八雲電気通信管理所、八雲電報電話局と統合。  
・熊嶺中学校、熊嶺小学校に併置。  
・12月、鉛川橋架替工事完成。 ・12月、鹿部―銚子口間大沼電鉄廃止。
昭和28 1953 ・1月、町立八雲高等農業成人学校開校(後に高等農業学院と改称)。  
・2月、野田追橋架橋工事完成、渡橋式挙行。 ・2月、NHK、東京地区でテレビ本放送開始。
・専売公社八雲出張所庁舎落成。  
・4月、黒岩漁業協同組合、八雲漁業協同組合と合併。  
・国立八雲病院「国立療養所八雲病院」と改称。  
・「国立療養所八雲病院付属看護学院」高等看護学院(甲種)に昇格。  
・5月、サケマス流し網漁業出漁団4隻、室蘭・釧路地域に出航。  
・元町火災発生、全焼6棟9戸、半焼2棟2戸被災。  
・6月、任意団体八雲商工会設立。  
・八雲区検察庁庁舎落成。  
・「走る公民館」無電灯地区巡回開始。  
・八雲保健所前庭に「健康の鐘」(木下繁制作)建立。  
・7月、山崎小中学校校舎落成。 ・7月、朝鮮休戦協定調印。
・野田追川両岸、造田事業着手。  
・8月、上八雲公民館落成、9月役場上八雲出張所を移設。 ・8月、民間テレビ放送開局。
・北洋相互銀行八雲支店、本町に店舗落成移転。  
・9月、八雲町創基75周年、消防創設50年、八雲駅開駅50年を記念して各種行事実施。 ・9月、町村合併法公布。
・遊楽部川内水面共同漁業権、八雲漁業協同組合に認可。 ・松前線開通。
・10月、八雲―今金―東瀬棚間バス運行開始。  
・11月、山越内小学校校舎新築。 ・12月、NHK紅白歌合戦公開放送開始。
・拓銀八雲支店、新築移転。  
・八雲漁港(第二種)起工式。  
・渡島支庁八雲税務出張所新設、初代所長鶴喰徳治赴任。  
・中外鉱業株ェ雲鉱業所、浮遊選鉱所新設。  
・八雲高校総合グランド完成、陸上競技場第三種公認グランドに認定。  
・公営住宅20棟20戸が初めて建築され、以後連年建築。  
・落部村東流寺に信徒により釣鐘寄進。  
・落部村養鶏農業協同組合設立。  
昭和29 1954 ・1月、八雲町、全国町村会から優良町村として表彰さる。 ・1月、青函トンネル起工式。
・3月、東雲町火災発生、1棟2戸全焼。 ・円以下の小銭廃止。
・5月、函館地方法務局八雲出張所新築移転(宮園町)。  
・第一回八雲町史編さん委員会開催。 ・6月、警察法改正、国家警察・自治体警察を廃止、北海道警察に統合、北海道警察本部とその下部機関として5方面本部設置。
・7月、妙泰寺で国の子保育園開設。 ・自衛隊法成立、保安隊を自衛隊と改称。
・8月、天皇・皇后両陛下御来町、町民駅前にて奉迎。 ・8月、第九回国民体育大会道内各市で開催。
・渡島北部海区漁業調整委員会委員選挙執行。  
・道立図書館八雲分館新設。  
・9月、15号台風により、青函連絡船洞爺丸など沈没、八雲町出身者4名犠牲。 ・9月、15号台風により道内被害甚大。
・10月、八雲郵便局庁舎新築。 ・岩内町大火発生八割焼失。
・11月、大新・上鉛川両小学校新築。 この年
・曙町を分割、千草町を新設。 ・全道的に冷害凶作。
昭和30 1955 ・1月、道南生産連、人工授精所新築落成。  
・山越内で火災発生、1棟5戸焼失。  
・3月、雪印乳業八雲工場製粉乳により、東京都で学童給食中毒事件発生。  
・町村合併促進法に対し、落部村議会、八雲町との合併反対議決。  
・4月、統一地方選挙、八雲町長田仲孝一(二期)、落部村長伊藤淳一当選、八雲町議会議員久保田正秋以下26名、落部村議会議員徳田又雄以下14名当選。 ・4月、道知事選挙、田中敏文当選(三期)。
・5月、八雲町立保育所新設、6月開所。  
・6月、八雲町助役大塚卯次郎退職。  
・八雲地区労働組合協議会発足。  
・8月、落部村助役奥田保男退職。  
・10月、第八回国勢調査、八雲町4079世帯、人口2万1480人、落部村917世帯、人口5258人。  
・11月、落部村四代助役辻村美矩選任。 この年
・12月、落部村農業協同組合倉庫付近から出火、28戸38世帯焼失。 ・家庭電化時代始まる
昭和31 1956 ・1月、八雲町七代助役北口盛選任。  
・3月、落部村議会、八雲町との合併賛成議決。  
・吉田製材所上鉛川造材飯場にて雪崩事故発生、犠牲者11名。  
・中外鉱業株ェ雲鉱業所、ガス発生事故により2名死亡。  
・5月、黒岩地区集団赤痢発生、患者100余名、9月終息。  
・八雲町字名地番改正施行。  
・6月、黒岩小学校移転新築。 ・6月、新市町村建設促進法施行。
・八雲鉱山小・中学校へき地集会室新築。  
・7月、八雲町収入役安藤太郎再選(六期)  
・8月、渡島北部海区漁業調整委員会委員選挙執行。  
・9月、町村合併促進法失効、八雲町・落部村合併促進協議会解散。  
・八雲集約酪農地域、農林省から指定。  
・10月、新教育委員会法により八雲町教育長加藤慎一、落部村教育長辻村美矩任命。 ・10月、HBC室蘭放送局開局。
・八雲地域集約酪農建設期成会解散、「八雲地域集約酪農建設協議会」結成。  
・上の湯小学校二股分校認可、離農開拓者住居を仮校舎として開校。  
・噴火湾小手繰り網漁業全面廃止。  
・11月、国道5号線浜松橋、永久橋架替工事完成。 ・11月、第一次南極観測船「宗谷」出発。
・12月、八雲カトリック教会、八雲漁業協同組合事務所を譲り受け献堂式を執行。 ・12月、日本、国際連合加盟。
  ・NHK札幌テレビ局開局。
  ・本道初の電話自動即時通話札幌・小樽間。
昭和32 1957 ・1月、渡島支庁長、落部村・八雲町に合併勧告書交付。  
・2月、八雲地域集約酪農事務所開所。  
・北渡島家畜商業協同組合設立。  
・八雲町料飲店組合設立。  
・3月、八雲町獣医師会発足。 ・3月、北海道放送、テレビ放送開始。
・八雲鉱山、上鉛川小学校電話開通。  
・八雲地区自由労働者組合結成。  
・八雲町との合併により落部村役場廃庁式挙行。  
・4月、八雲町・落部村合併、新生八雲町発足。 ・4月、木古内町大火。
・旧落部村役場を八雲町役場落部支所と改称。  
・浜松小学校新築落成。  
・落部支所所管区域定数5名、町議会議員増員選挙執行、伊藤淳一以下5名当選。  
・落部市街地に火災発生、4戸焼失。  
・6月、八雲小中学校各種病虚弱児対象、特殊学級ひまわり学院、国立八雲療養所内に設置。  
・八雲小学校体育館新築落成。  
・元八雲町長宇部貞太郎、函館方面公安委員に任命(任期3年)。  
・第六回渡島管内町村対抗陸上競技大会開催。  
・八雲、落部両農業委員会統合、選挙による定数23名選出。  
・8月、八雲町慰霊祭奉賛会結成。 ・8月、札幌テレビ塔完成。
・町立八雲病院新築落成、10月開院。  
・八雲町水産技術普及員設置。  
・9月、町議会「八雲町平和都市」宣言。  
・町立八雲病院長岩田善輔任命。 ・10月、5000円札発行。
・11月、上砂蘭部つり橋完成。  
・12月「八雲町史」500部発刊。 ・12月、札幌―東京・仙台間即時通話開始。
・上の湯小学校二股分校新校舎落成。  
・町議会「自衛隊駐屯反対決議」を議決。  
・春日小学校改築工事完成。  
昭和33 1958 ・1月、立岩にて強盗殺八事件発生、母娘2名殺害。  
・2月、野田追小学校新築工事完成。  
・4月、八雲カトリック教会「マリア幼稚園」開設。 ・3月、関門国道トンネル開通。
・5月、八雲衛生協会発足。 ・5月、衆議院議員選挙、3区当選者、館俊三・平塚常次郎・田中正巳。
・町立八雲病院伝染病棟落成。  
・88歳以上の老齢者対象「八雲町敬老年金制度」制定。  
・6月、八雲町都市計画街路10路線認可。 ・6月、皇太子来道、道内各地旅行。
・創基80周年記念「やくも音頭」制作。 ・7月、大沼、国定公園に指定。
・町立八雲病院落部診療所落成、7月開院。 ・北海道大博覧会開催。
・8月、創基80周年記念式典実施。 ・8月、青函トンネル、海底ボーリング着手。
・落部市街地行政区域変更、11地区を9地区に統合。  
・渡島北部海区漁業調整委員会委員選挙執行。  
・全道青年大会兼全国青年大会予選会開催。  
・9月、地方税法改正に伴い自転車登録制度実施。  
・第六回北海道水防大会開催。  
・10月、公民館においてテレビ一般公開開始。  
・渡島管内木炭品評会開催。  
・11月、落部簡易水道完成、給水開始。 ・11月、皇太子妃に正田美智子さん決定。
・八雲自動車学校設立。  
・桜野小および赤笹小学校に電話架設。  
・12月、八雲市街地し尿処理、民間委託開始。 ・12月、1万円札発行。
・八雲町公益質屋開設。  
・八雲町商工振興基金預託制度実施。  
・函館本線落部駅下り線撤去、上り待合室増築。  
昭和34 1959 ・1月、各地区に納税組合結成、65組合設立。 ・1月、尺貫法廃止、メートル法に統一。
・八雲自動車学校、知事公認各種学校となる。  
・合資会社ヤクルト八雲処理工場設立。  
・2月、八雲町消防団、日本消防協会から表彰旗授与。  
・4月、統一地方選挙、田仲孝一再選(3期)。町議会議員久保田正秋以下30名当選。 ・4月、札幌テレビ放送開始。
・野田生・野田追両中学校廃止、野田生統合中学校新設。 ・皇太子殿下と正田美智子さんご結婚式。
・道議会議員選挙、樋口哲男当選。 ・道知事選挙、町村金五当選。
・5月、国道5号線、舗装工事市街地より開始。 ・尾札部、臼尻村を廃止、南茅部村とする。9月町制施行。
・6月、町立八雲病院人間ドック新設。  
・9月、北海道寒冷地畑作営農改善振興地域として、大新地区外15地区指定。  
・10月、新印鑑条例制定。  
・春日、熱田小学校電話架設。  
・桜野小中学校へき地集会室落成。  
・野田追駅、野田生駅と駅名改正。  
・11月、八雲税務署新庁舎落成。 ・11月、主要食糧配給制度改正一人一か月米6キログラム、外食券制度廃止(除東京都)。
・12月、町議会「国鉄貨物集約輸送に対する反対決議案」を議決。 この年
  ・岩戸景気始まる(34年下期〜35年下期)。
昭和35 1960 ・1月、町議会「自衛隊駐とん反対決議の取消に関する決議案」可決。 ・1月、日米新安全保障条約と新行政協定調印。
・北口盛助役再選(2期)。  
・2月、熱田小学校全焼、6月校舎新築。  
・3月、国民年金法による各種年金第一回支払い開始。  
・八雲町青少年問題協議会設立。  
・八雲町防犯協会設立。  
・4月、新農山漁村振興対策三か年事業開始。  
・八雲町学校安全会発足。  
・6月、町議会、役場新庁舎建築議決。  
・八雲町工場誘致条例制定。  
・安藤太郎収入役再選(7期)。  
・八雲町ライオンズクラブ設立。  
・7月、農業委員選挙執行23名当選。 ・7月、岸内閣総辞職、池田内閣成立。
・落部川向に公衆電話設置。  
・8月、NHK夏季移動相談開設。  
・八雲自動車学校、社団法人八雲自動車学園として知事認可。  
・9月、八雲鉱山小中学校増築工事完成。 ・9月、池田内閣高度成長、所得倍増政策発表。
・消防第一分団第三部器具置場落成。 ・NHK、民間放送、カラーテレビ本放送開始。
・10月、第九回国勢調査、5180世帯、人口2万5111人。 ・10月、全日空、函館空港新設。
・野田生郵便局庁舎新築落成。 ・社会党委員長浅沼稲次郎、日比谷の3党主立会演説中、右翼少年に刺殺さる。
  ・11月、第二九回衆議院議員選挙、3区当選者、川村善八郎、山内広、田中正巳。
・12月、国民健康保険制度開始。 この年
・八雲駅構内に国鉄跨線橋設置。 ・即席ラーメン、インスタントコーヒー発売。
・上八雲地域、団体加入電話24基架設。  
・大関小中学校新築移転工事完成。  
・上の湯電化工事完成、30戸点灯。  
昭和36 1961 ・3月、八雲電報電話局庁舎新築工事着工。  
・台ノ上地域会館新築。 ・4月、恵山、道立公園に指定。
・5月、自衛隊函館地方連絡部八雲募集事務所設置。  
・落部季節保育所開設。  
・6月、法定外普通税(犬税一頭300円)廃止。  
・道南一帯毒蛾発生、八雲町毒蛾対策本部設置。  
・役場庁舎新築落成、9月1日執務開始。  
・旧庁舎、八雲漁業協同組合へ売却、水産会館に改築。  
・10月、全国中学校一斉学力テスト実施。 ・10月、函館、旭川間特急「おおぞら」運転開始。
・池内ベニヤ株式会社落部工場操業開始。 ・森町大火、633戸焼失。
・第一六回国民体育大会(秋田市)において、八雲町体育協会全国表彰受賞。  
・11月、新組織による八雲商工会設立。  
・12月、議会事務局新設、初代事務局長小泉不二夫。  
・「へき地農山漁村電気導入事業」により上八雲地区115戸電化完成。  
・八雲、山越両漁業協同組合、知事より合併勧告書を受く。  
昭和37 1962 ・1月、八雲警察署野田生、黒岩巡査駐在所落成。  
・農業構造改善事業実施地域の指定を受く。  
・八雲町スポーツ振興審議会設置。  
・町議会「八雲町交通安全都市」宣言。  
・4月、八雲電報電話局、自動式電話に切り替え。 ・4月、5年制国立工業高等専門学校函館、旭川に新設。
・八雲町公民館建設期成会発足。 ・5月、熊石村、町制施行。
・立岩、春日地区電話架設。  
・6月、NHK八雲通信部開設。 ・6月、十勝岳爆発。
・7月、野田生地区電話架設。  
・八雲簡易裁判所新庁舎落成。  
・出雲団地子供遊園地開設。  
・函館運送株式会社八雲営業所開所。  
・8月、牛乳生産量5万石突破記念として、役場前庭に子牛ブロンズ像建立。  
・八雲、山越両漁業協同組合合併、八雲町漁業協同組合発足。  
・10月、八雲小学校改築工事四か年継続事業として着工。 ・10月、乙部村で地すべり発生、死亡11人行方不明3人、重傷者20人。
・道南家畜人工授精所新築。  
・11月、八雲町火葬場増改築。  
・厚雲トンネル完成、八雲・厚沢部線道路開通。  
・八雲警察署庁舎改築工事完成。  
・野田生地域会館落成。  
・黒岩郵便局新築移転。  
・12月、函館開発建設部落部道路改良事業所開設。  
昭和38 1963 ・1月、八雲自動車学校、函館方面公安委員会指定校となる。  
・八雲郷友会発足。  
・2月、浜松3区、農村電化事業により12戸電化。  
・3月、新農山漁村建設事業による八雲町農業協同組合実施の有線放送施設完成。 ・3月、厚沢部村、町制施行。
・4月、統一地方選挙、町長田仲孝一無投票当選(4期)。町議会議員久保田正秋以下30名当選。 ・第一回交通安全道民大会。
・5月、粟の木岱町有林失火、町有林15ヘクタール、民有林6ヘクタール焼失。 ・4月、小学校新入生に教科書無料配付。
・7月、室蘭市富士鉄山岳部班、雄鉾岳にて遭難、2名重傷。 ・道知事町村金五当選(2期)。
・日赤救急車配置。  
・8月、株式会社ミカドフローリング製作所操業開始。  
・9月、清掃条例制定、清掃事業開始。  
・八雲更正保護婦人会発足。  
・蕨野小学校改築。  
・10月、森・八雲・長万部低工法地区に指定。  
・八雲町交通安全運動推進委員会設立。  
・11月、八雲鮮魚仲買人組合設立。 ・11月、新千円札発行。
・12月、自衛隊協力会発足。 ・第三〇回衆議院議員選挙、3区当選者、川村善八郎・田中正巳・山内広。
・落部橋、砂蘭部橋永久橋完成、渡橋式挙行。  
・教育長加藤慎一辞任、後任石垣寿典任命。  
・特殊学級ひまわり学院、八雲小・中学校分校に昇格。  
・内浦町2区会館落成。  
昭和39 1964 ・1月、元町長宇部貞太郎逝去、町民葬執行。  
・北口盛助役再選(3期)。  
・2月、元町長眞野万穣逝去。  
・3月、陸上自衛隊誘致決議案可決。 ・3月、芽室町大火。
・4月、沿岸漁業構造改善事業地域に指定。 ・4月、北日本航空・富士・日東各航空会社合併、日本国内航空株式会社設立。
・町立落部保育所開設。  
・八雲、落部農業共済組合合併。  
・立岩公園、町に移管。  
・建岩橋、永久橋完成。  
・6月、八雲地区製材協同組合設立。 ・6月、新潟地震発生。
・7月、安藤太郎収入役再選(8期)。  
・8月、八雲・長万部間バス運行開始。  
・八雲駅前郵便局、新局舎落成。  
・八雲町学校統合推進協議会発足。  
・農林省北海道農業試験場化学部、全町土壌調査実施。  
・9月、第一八回東京オリンピック聖火リレー通過。  
・大関小学校夏路分校新校舎落成。 ・10月、東海道新幹線開業。
・株式会社東興プロック八雲工場、東野で操業開始。 ・第一八回オリンピック東京大会開催。
・八雲町生活館、落部328番地に落成。  
・山崎郵便局新局舎落成。  
・落部村農業協同組合野田追支所設置。  
・11月、現金取扱事務、指定金融機関取扱開始。   
・黒岩中学校移転改築完成。  
・茂無部小学校改築。  
・12月、落部市街地旧国道舗装工事完成。 この年
・函館土木現業所八雲出張所改築。 ・NHK、札幌管内カラーテレビ放送開始。
・野田生中学校体育館新築。 ・道内入浴料金大人23円。
昭和40 1965 ・1月、八雲町学校給食センター開設。  
・国保加入世帯員、7割給付開始。  
・2月、茂無部簡易郵便局開局。  
・3月、八雲町酪農振興協議会設立。 ・3月、日刊新聞の日曜夕刊廃止。
・4月、上鉛川小中、久留米小学校廃校、八雲小中学校に統合。  
・町立八雲病院長佐々木志郎就任。  
・学校統合に伴いスクールバス(定員54名)運行。  
・八雲家畜保健衛生所、函館家畜保健衛生所に統合、同畜産指導所は渡島支庁畜産係に統合。  
・黒岩季節保育所開設。 ・ 5月、室蘭港内でノルウェーのタンカー火災発生、28日間炎上。
・6月、町立八雲病院落部診療所休診。  
・7月、太平洋農場・同牧場、山崎八木農場跡に開設。  
・八雲町観光協会設立。  
・八雲農業学園開設。  
・9月、道南農業共済組合設立、八雲農業共済組合加入。  
・10月、八雲町公民館新築落成。 ・10月、日勝道路開通。
・第一〇回国勢調査、5217世帯、人口2万2487人。  
・11月、函館公共職業安定所八雲出張所新築(東町)  
・八雲小学校改築工事完成。  
・12月、八雲町道南畜肉センター操業開始。  
昭和41 1966 ・1月、出雲町スポーツ少年団結成。  
・2月、町議会、優良議会として全国町村議長会から表彰。 ・2月、千歳発全日空機、羽田沖墜落133人死亡。、
・町社会福祉協議会「心配ごと相談」開設(1日・15日)。 ・3月、カナダ航空D.C8型機、羽田空港で炎上死者64人。
・4月、へき地患者輸送車運行開始。 ・英ボーイング707型機、富士山付近墜落死者124人。
・町会計事務、伝票会計方式採用。  
・町立病院企業会計採用。  
・6月、農業構造改善事業による育成牧場完成、育成牛受け入れ開始。 ・6月、国民祝日法改正公布、敬老の日、体育の日、建国記念日追加。
・八雲町名誉町民条例公布施行。  
・7月、「開町記念日」を8月1日と議決。 ・7月、郵便料金改正手統15円、ハガキ7円。
・落部八幡宮境内に戦役者氏名碑建立。  
・農業委員会委員選挙、小島芳一以下16名当選。  
・中外鉱業株式会社八雲鉱業所産鉱石使用、装身具試作。  
・8月、開町88周年記念式典挙行。  
・名誉町民条例による名誉町民に徳川義親推挙。  
・八雲、落部森林組合合併。  
・9月、赤笹小学校新築移転。 ・9月、北海道の木、エゾマツに決定。
・八雲高等学校東校舎全焼。  
・10月、八雲水産会館閉館。 ・10月、開道100年スローガン「風雪百年輝く未来」と決定。
・名誉町民徳川義親胸像除幕式(公民館前庭)。  
・11月、相生児童館遊園地開設。 ・11月、全日空YS11型機、松山沖墜落50人死亡。 
・12月、役場落部支所、旧落部診療所跡に改築移転。  
・八雲町総合開発審議会発足。  
昭和42 1967 ・1月、上水道完成、給水開始。 ・1月、第三一回衆議院議員選挙、3区当選者、田中正巳・山内広・佐藤孝行。
・出雲町会館新築。  
・2月、国立八雲療養所に重度障害児病棟新築「しらかば愛育園」と命名。  
・八雲・長万部両町にて、山越郡衛生処理組合結成、組合事務所を長万部町役場内に設置。  
・3月、八雲港線、桜野野田生停車場線、道道に昇格。 ・3月、北海道旗、北海道章制定。
・大関小学校富咲分校、小学校に昇格、富咲小学校と称す。  
・鉛川小学校、八雲小学校に統合。  
・上の湯二股分校、上の湯小学校に統合。  
・4月、統一地方選挙、町長田仲孝一当選(5期)。町議会議員久保田正秋以下30名当選。 ・4月、道知事町村金五再選(3期)。
・道議会議員樋口哲男当選。  
・八雲町社会福祉協議会「愛情銀行」開設。  
・八雲町監査室新設、初代室長前田清任命。  
・5月、八雲町長田仲孝一、渡島町村会長就任。  
・7月、落部公民館新築落成。  
・道議会議員樋口哲男逝去、町民葬執行。  
・8月、NHK全国放送ラジオ体操会、八雲小学校校庭にて開催。  
・9月、敬老の日、春日武藤実衛100歳を祝し総理大臣銀杯受賞、知事・町長記念品贈呈。  
・10月、水産会館跡地に消防庁舎新築。 ・10月、元首相吉田茂逝去、戦後初の国葬執行。
・八雲町漁業協同組合事務所内浦町に新築移転。  
・11月、住民基本台帳制度実施。  
・函館開発建設部八雲出張所改築。  
・12月、地方自治法施行20周年記念、八雲町優良自治団体として自治大臣より表彰。  
・八雲中学校寄宿舎恵雲寮、大関中学校同清心寮新設。  
・八雲町青少年会館新設。  
・野田生会館新設。  
昭和43 1968 ・1月、落部漁業協同組合無線局開局。  
・北口盛助役に再任(4期)。  
・2月、町立八雲病院長岡田守夫就任。  
  ・3月、東大紛争、安田講堂学生占拠、卒業式中止。
・4月、町民税、固定資産税、軽自動車税、国保税の4税、集合主税として10回均等納付制度開始。 ・4月、北海道庁庁舎新築落成。
・5月、収入役安藤太郎夫妻春の園遊会に招待。 ・5月、十勝沖地震発生。
・6月、八雲町自衛隊協力会設立。 ・6月、小笠原諸島、日本復帰。
・八雲町歩こう会発足。 ・北海道大博覧会開催。
・ワンダーフォーゲル主催、第一回雄鉾岳山開き。  
・7月、収入役安藤太郎再選(9期)。 ・7月、郵便番号制度発足。
・薬剤散布中のヘリコプター上八雲にて墜落、乗員無事救出。   
・交通事故防止のため交通安全指導員委嘱。  
・8月、町産業道路簡易舗装工事完成。  
・北渡島地区海区漁業調整委員会委員選挙、村田次郎当選。  
・黒岩会館新築。  
・9月、山崎消防会館新築。 ・9月、北海道100年祝典、札幌市円山競技場で開催、天皇・皇后両陛下御出席。
・国鉄函館本線落部・野田生間複線化完成。  
・10月、じんかい処理場民間委託開始。  
・印鑑条例改正。 ・11月、米穀販売登録制度廃止。
・町民交通傷害補償制度の実施に関する条例制定。 ・12月、東京都府中市で3億円事件発生。
・山越地区内共同飲料水施設完成。  
昭和44 1969 ・1月、函館職業訓練校短期職業訓練、三杉町で開所。 ・1月、東大紛争に機動隊8500人出動、ガス弾・放水で安田講堂封鎖解除、入学試験中止。
・町の建築確認地域に立岩の一部と内浦町全域追加。   
・野田生中央町内会、環境衛生改善優良地区として厚生大臣賞受賞。  
・八雲高等学校体育館新築。  
・2月、八雲郵便局、航空小包郵便取扱業務開始。  
・八雲町交通安全運転管理者協会設立。  
・3月、落部漁業協同組合荷捌所兼事務所新築。  
・教育委員会「八雲町教育基本目標」設定。  
・4月、国立八雲療養所、「国立療養所八雲病院」と改称  
・山崎季節保育所開設。  
・消防団長佐久間省一、交通事故により急逝、消防葬執行。  
・中外鉱業株式会社八雲鉱業所閉鎖。  
・5月、元落部村助役辻村美矩逝去。 ・5月、東名高速道路全線開通。
・古河四郎、八雲町消防団長就任。  
・国立療養所八雲病院、筋委縮症児収容施設新築。  
・6月、奥尻・熊石・八雲三町経済懇談会開催。  
・ライオンズクラブ「ひまわり学院」児童を観光地に招待、以後毎年実施。  
・7月、八雲町農業協同組合、野田生農業倉庫新築。  
・八雲中学校プール新設、プール開き実施。  
・八雲鉱業所閉鎖により、鉛川簡易郵便局廃局。  
・8月、八雲町民憲章公布。  
・酪農50年祭記念式。  
・八雲鉱山小中学校廃校式(7月31日廃校)。  
・八雲町漁業協同組合、漁業無線施設設置。  
・10月、老人家庭奉仕員制度開始。 ・10月、函館本線滝川〜旭川間電化完成。
・八雲・山越海岸国5号線舗装工事完成。 ・定山渓鉄道電車廃止。
・国鉄八雲駅舎改築。  
・函館バス株式会社、上八雲・上の湯路線バス運行停止、このためバス利用組合設立し運行。  
・北海道新聞社八雲支局、富士見町に新築。  
・11月、山越小学校体育館新築。 ・11月、道警本部、北大建物封鎖解除に機動隊3000人出勤。
・国立療養所八雲病院内に「いこいの家」新築。  
・12月、野田生中学校寄宿舎「雄峰寮」新築。 ・12月、北海道新幹線建設期成会発足。
  ・第三二回衆議院議員選挙、3区当選者阿部文男・佐藤孝行・田中正巳。
  この年
  ・各大学の学園紛争起こる。
昭和45 1970 ・1月、酪農三〇〇石会を100トン会と改称。 ・1月、本道に生息するオジロワシ、オオワシ天然記念物に指定。
・鉛川、花浦会館新築。  
・2月、農村集団電話架設、442戸加入。 ・2月、国産人工衛星「おおすみ」打ち上げ。
・八雲小・中学校ひまわり分校道立養護学校に移管。 ・3月、日本万国博覧会開会。
・4月、道立八雲養護学校開校式。 ・日航機「よど号」赤軍派学生ハイジャック朝鮮に着陸。
・落部地区字名地番改正。  
・渡島支庁管内公平委員会事務所設置。  
・社会福祉法人出雲会「なかよし保育園」相生町に開設。  
・5月、「過疎地域対策緊急措置法」に基づく過疎地域に指定。  
・函館製箸八雲工場操業開始。  
・6月、渡島農業学園高等科(酪農課程)第一回入学式。  
・北海道猟友会八雲支部花浦に射撃場設置。  
・落部公園造園着手。  
・7月、上八雲公民館廃止、上八雲会館新築。  
・8月、助役北口盛辞職。   
・台風9号により浜松元山牧場畜舎倒壊乳牛28頭死亡。  
・八雲商工会館新築。  
・9月、鷲ノ巣農業協同組合「米寿の鷲ノ巣」発刊。 ・9月、北海道100年記念塔落成。
・八雲町総合開発基本構想および八雲町過疎地域振興計画策定。 ・砂原村、町制施行。
・10月、第一一回国勢調査、5377世帯、人口2万345人。 ・11月、沖縄選出議員初の国政参加。
・電信100年電話80年記念として八雲電報電話局、駅前に交通安全塔建立。 ・三島由紀夫、自衛隊東部総監部において割腹自殺。
・11月、道立八雲養護学校後援会設立。  
・柏沼会館新築。 ・12月、道内交通事故死史上最高882名全国一を記録。
・野田生「こばと保育園」開園。  
・八雲市街地本町歩道ロードヒーテング完成。  
昭和46 1971 ・1月、農業者年金制度発足。  
・桜野に公衆電話架設。 ・2月、札幌国際冬季スポーツ大会開催。
・3月、わらび野地区に公衆電話架設。  
・山越交通安全協会設立。  
・4月、統一地方選挙、北口盛6代町長に当選、町議会議員牧野貞一以下30名当選。 ・4月、北海道知事堂垣内尚弘当選。
・一般家庭じんかい処理手数料無料化実施。 ・北海道開拓記念館開館。
・6月、小泉不二夫助役に選任。  
・八雲中学校体育館新築。  
・スポーツホールを相生児童館に併設。  
・渡島支庁管内公平委員会事務所、木古内町に変更。  
・公民館「やくも」第一号発刊。  
・7月、拠出制国民老齢年金受給認定者第一号として、落部山崎シガに認定書交付。  
・8月、森・八雲両町共同、栄浜に季節保育所「かもめ保育園」開設。 ・8月、円為替ルート暫定的変動相場割に移行。
・9月、八雲町保健推進委員会発足。 ・9月、亀田町、市制施行。
・全道家畜処理大会開催。 ・北海道庁赤レンガ地下機械室爆発事件発生。
・10月、八雲町酒販協同組合設立。  
・11月、落部漁港関連道路改修舗装工事完成。 ・11月、青函トンネル本工事起工式。
・北海道秀作美術展開催。  
・八雲町森林組合事務所新築移転。  
・12月、八雲町商工業開発推進協議会発足。 ・12月、北海道文化放送開局。
・内浦1区会館、下の湯会館新築。 ・札幌市地下鉄南北線開通。
  ・札樽および北広島高速自動車道開通。
  ・沖繩返還関係法案成立。
昭和47 1972 ・1月、児童手当支給、老人医療無料化(70歳以上)実施。 ・1月、グアム島で元日本兵横井庄一発見。
・八雲町中小企業経営相談室設置。  
・2月、山村振興法による振興山村として指定さる。 ・2月、連合赤軍「あさま山荘事件」発生。
・3月、野田生郵便局日曜休配開始。  
・黒岩、野田生両駅、貨物取り扱い廃止。  
・富咲小学校廃校。  
・養殖管理指導船「海功丸」進水式。  
・落部八幡宮「御所の松」道記念保護樹木に指定。  
・4月、結婚相談所開設。 ・4月、札幌市、政令都市に指定。
・5月、自動車学校前国道5号線、線形改良工事完成。 ・5月、沖縄県発足。
・上砂蘭部橋完成。  
・八雲地区水産加工振興協議会発足。  
・6月、広域観光ルート、恵山・内浦ライソ設立総会。  
・渡島管内密漁防止等対策協議会設立。  
・八雲開発懇談会、東京にて開催。  
・7月、八雲中部地区広域営農団地農道整備事業着工。 ・7月、田中角栄内閣発足。
・収入役安藤太郎退職、後任菊地末吉選任。  
・農業委員会委員選挙、千葉忠次郎以下16名当選。  
・渡島海区漁業調整委員会委員選挙、村田次郎無投票当選。  
・町立八雲病院長中平成也就任。  
・水産技術巡回指導車配置。  
・春日二区会館新築。  
・八雲郵便局開局100年記念式。  
・8月、八雲町農業協同組合家畜市場三杉町に新設。  
・9月、野田生土地改良区解散。 ・9月、日中国交正常化共同声明調印。
・教育長石垣寿典退職。 ・ルバング島にて元日本兵小野田寛郎発見生還。
・10月、教育長須田久助任命。 ・10月、中国産パンダ2頭、上野動物園に寄贈。
・八雲町商工会婦入部発足。  
・11月、八雲町社会福祉センター新築。  
・熊嶺小中学校廃校。 ・12月、第三三回衆議院議員選挙、三区当選者、塚田庄平、佐藤孝行、田中正巳。
・12月、北渡島家畜診療所新築。  
・八雲町総合開発基本計画策定。  
・八線小学校廃校。  
昭和48 1973 ・1月、10日付道新「青函地区ナイキ基地八雲に内定」報道。  
・株式会社サンハイブ工業八雲工場、野田生で操業開始。  
・2月、八雲電報電話局、自動交換機設置市内局番切り替え。  
・3月、八雲土地開発公社設立、初代理事長小泉不二夫。 ・3月、本州−北海道間、カーフェリー就航。
・八雲町東京出張所開設、駐在員平塚正治任命。  
・桜野小学校廃校。  
・4月、婦人交通指導員2名委嘱。 ・4月、祝日法改正、休日振り替え実施。
・特別豪雪地帯に指定。  
・5月、町木「かつら」、町鳥「こうらいきじ」を指定。  
・国道278号線、同5号線長万部までを観光ルート「恵山内浦ライン」と命名。  
・7月、株式会社蛟竜ヴァンソーイング操業開始。 ・7月、公衆浴場入浴料金、大人62円、中人20円、小人10円。
・浜松会館新築。  
・黒岩に鳥居・ほこら・あずまや・橋、再建。  
・8月、株式会社道南レミコン、浜松で操業開始。 ・8月、金大中事件発生。
・内浦地区沿海にて江戸時代八雲鉱山産鉛延べ棒71本発見。  
・日本大相撲八雲場所開催、北の富士・輪島・琴桜一行。  
・9月、北海道硬式卓球選手権兼全日本道予選大会開催。  
・10月1日を「全町1日健康の集い」に指定。 ・10月、北海道新幹線「北回り」に決定。
・八雲青年会議所全国第五三〇号として認証。  
・野田生−乙部間峰越林道開通。  
・浜松2区水道施設完成。  
・町政モニター制度発足。  
・3歳児未満乳幼児医療費助成開始。  
・母子家庭児童等医療費助成開始。  
・11月、山越小学校開校100年記念式典。  
・難視聴地城下の湯、上の場地区、テレビ共同受信施設設置。  
・第1回道民の船、参加派遣青年3名。  
・八雲地区水産加工協同組合設立。  
・11月、社会科副読本「私たちの町八雲」発行。  
・第七分団消防会館増改築。  
・町立落部歯科診療所新築。  
・12月、落部旭丘地区電話架設。 ・12月、函館市・亀田市合併。
・定例会「ナイキ問題」にて紛糾、本会議開会不能自然閉会。  
・東野に「母と子の家」新築。  
・遊国寺火災発生、本堂全焼、庫裏納骨堂半焼。  
昭和49 1974 ・2月、農林省統計情報事務所八雲出張所新築。 ・1月、公衆浴場入浴料金、大人70円、中人25円。
・4月、老人医療費助成69歳、国保助産費2万円と改正。 ・4月、東京−札幌線、日航・全日空エアバス就航開始。
・開町百年記念事業準備室設置。 ・迎賓館完成。
・落部光聖寺本堂新築。  
・5月、さらんべ公園「さくら祭り」開催、以後毎年継続実施。  
・八雲保健所庁舎新築。  
・6月、八雲町産業団体青年部連絡協議会(産青連)発足。  
・7月、八雲町町内会等連絡協議会発足。  
・8月、第1回「遊楽部川下り」開催、以後毎年実施。 ・8月、東京丸ノ内ビル街時限爆弾事件発生。
・由追会館新築。  
・9月、内浦生活館新築。 ・9月、原子力船「むつ」放射線事故により試験中止。
・高齢者敬老年金77歳に引き下げ。  
・八雲町史編さん委員会設置。  
・八雲町運動公園町民プール完成。  
・10月、旧落部地区全域休猟区に指定。 ・10月、道新幹線停車駅計画案決定。
・落部無人電話局完成、自動化通話開始。  
・町営鉛川温泉掘削開始。  
・11月、株式会社池内ベニヤ落部工場閉鎖。 ・11月、田中角栄首相辞意表明。
・NHKテレビ中継局(UHF61)野田生地区に設置。 ・12月、田中内閣総辞職、三木内閣成立。
・栄浜簡易水道工事完成。  
・労働会館東雲町に新築。  
・12月、山越二区会館新築。  
・北海道酪農検査所八雲支所相生町に新築。  
・山崎、栄浜地区養殖用作業施設設置。  
・町議会議員定数減少条例制定、定数26名となる。  
昭和50 1975 ・2月、八雲町・落部村農業協同組合、合併促進協議会開催。 ・2月、「ソ連漁船団即時退去要求全国漁民大会」開催。
・3月、落部郵便局庁舎新築移転。  
・落部中学校新築移転。  
・4月、統一地方選挙、町長北口盛無投票当選(2期)、町議会議員牧野貞一以下26名当選。 ・4月、北海道知事堂垣内尚弘再選(2選)。
・6月、小泉不二夫助役再任(2期)。 ・5月、エリザベス英国女王来日。
・7月、北海道畜産株式会社八雲工場閉鎖。 ・6月、江差沖の沈没船「開陽丸」引き揚げ調査。
・野田生墓地、野田生733番地に移転改葬。  
・常睦宮華子妃殿下ご来町。 ・元首相佐藤栄作逝去、国民葬執行。
・野田生無人電話局完成、自動化通話開始。 ・7月、道警本部時限爆弾事件発生。
・9月、株大会社道南日本ハム、立岩で操業開始。 ・沖縄国際海洋博覧会開催。
・第一回南北海道横断駅伝大会開催(北檜山−八雲間)。 ・8月、噴火湾養殖ホタテ、フランスヘ500トン輸出。
・第二回道民の船参加派遣青年9名。  
・国立療養所八雲病院配管接続ミスによる手術患者死亡事故発生。 ・12月、SL列車、103年の歴史を閉じる。
・10月、林道磐石岳線磐石大橋および下の湯つり橋完成。 ・3億円事件時効成立。
・町営鉛川温泉、公衆浴場として供用開始。  
・国体ソフトボール大会、道代表として八雲オリエンタルクラブ出場。  
・第一二回国勢調査、世帯数5562、人ロ1万9260人。  
・11月、道立八雲養護学校新築。  
・「花浦郷土史」刊行。  
・12月、町議会「飛行場活用に関する決議案」可決。  
昭和51 1976 ・1月、札幌防衛施設局長「高射隊の八雲飛行場への設置」につき町長に文書申し入れ。 ・1月、京都平安神宮東西本殿焼失。
・株式会社北海道工業、黒岩地区にて砂鉄採取操業開始。 ・2月、ロッキード献金事件国会証人喚問開始。
・2月、株式会社道南日本ハム、と場経営開始。  
・黒岩消防器具置場完成。  
・北口町長防衛施設庁あて、ナイキ基地受け入れを条件付きで文書回答。  
・3月、熱田小学校閉校、八雲小学校に統合。 ・3月、道庁爆破事件発生。
・上の湯中学校閉校、落部中学校に統合。  
・大関小学校夏路分校、野田生中学校桜野分校閉校。  
・4月、浜松神社落成。  
・5月、ナイキ基地設置反対の「明るい八雲を創る町民会議」北口町長解職要求署名活動開始。  
・同町民会議、署名簿を町選挙管理委員会に提出。  
・町長北口盛辞職、小泉助役町長職務代理者に就任。  
・6月、町長選挙執行、北口盛再選(3期)。 ・6月、札幌地下鉄東西線開通。
・7月、落部地区学校プール完成。 ・7月、田中角栄前首相、外為法違反容疑で逮捕。
・収入役菊地末吉任期満了、後任として水野諄朔選任。  
・航空自衛隊第六高射群八雲ナイキ基地着工。 ・9月、函館空港にソ連ミグ25A戦闘機1機強行着陸。
・9月、落部村農業協同組合農業倉庫、東野に新築。  
・名誉町民徳川義親、東京にて逝去。 ・11月、国道229号線茂津多トンネル開通。
・10月、故徳川義親追悼式、福祉セソターにて執行。  
・11月、浜松小学校体育館新築。 ・天皇在位50周年記念式典。
・12月、木彫ぐま制作者茂木多喜治没す。 ・12月、三木内閣総辞職、福田内閣成立。
・野田生農業会館新築。  
・東部児童会館新築。 ・第三四回衆議院議員選挙、三区当選者、阿部文男・塚田庄平・田中正巳。
・徳川家より町公民館に図書473冊寄贈。  
昭和52 1977 ・1月、第三高射群臨時第二〇高射隊編成。  
・3月、八雲町酪農振興会創立。 ・3月、韓国漁船無謀操業により、沿岸漁民損害を披る
・落部遺族会、沖縄遺骨収集。  
・4月、町長北口盛新宿御苑観桜会招待。  
・5月、北海道新幹線促進期成会発足。  
・6月、町立八雲病院看護婦宿舎新築。 ・6月、公衆浴場入浴料金、大人155円、中人80円、小人40円。
・仮称第二遊楽部橋着工(57・8完成、立栄橋と命名)。  
・7月、黒岩地区学校プール完成。 ・7月、日本領海12カイリ、経済水域200カイリ決定。
・山内一豊(八雲町出身恵庭在住)八雲墓地に萬霊塔建立。  
・8月、栄浜小学校体育館新築。 ・8月、有珠山爆発。
・9月、浜松小学校体育館新築。  
・第三回道民の船、参加派遣青年4名。  
・町長北口盛「国際地方自治体連合会総会」(西ドイツ・ハンブルグ)出席。  
・10月、株式会社ヤマハ北海道製造野田生工場操業開始。  
・韓国人尹成学、朴英培遺骨収集のため来町。  
・東野会館、山崎会館落成。  
・上の湯バス利用組合解散。  
・12月、林業研修センター、郷土資料館落成。  
・北海道八雲高等学校新築落成式。  
・落部分遺所新築。  
・旭丘会館新築。  
・八雲町森林組合山元貯木場、東野に落成。  
昭和53 1978 ・1月、八雲区検察庁庁舎新築。  
・4月、八雲電話中継所開局。  
・町花を「つつじ」と指定。  
・北海道さけますふ化場八雲事業場上八雲養魚池落成。  
・5月、開拓百年碑、郷土資料館前庭に建立。 ・5月、新東京国際空港(成田空港)着工以来12年ぶりで開港。
・6月、八雲賛歌・八雲弥栄音頭レコード制作。  
・7月、第一〇回道民スポーツ渡島夏季大会開催。 ・7月、噴火湾養殖ほたて貝毒発生、出荷停止。
・農業委員会委員選挙、柴田富雄以下14名当選。  
・八雲駅前商店振興会、歩道カラー舗装施工。 ・道花として「ハマナス」決定。
・北里大学八雲総合実習所、上八雲に落成。  
・NHK全国ラジオ体操会、八雲小学校校庭で開催。  
・八雲町百年記念塔、さらんべ公園に建設協会建立。  
・8月、前町長田仲孝一、前議会議長久保田正秋、名誉町民に推挙。 ・8月、「全国民参加による北方領土返還要求大会」根室市で開催。
・大相撲八雲場所開催、北の湖・貴の花・旭国一行来町。  
・全道俳句大会開催。  
・総合体育館落成、全日本女子バレーボール、優秀チーム招待試合、日立・ユニチカ・全日本。  
・NHK鈴木健ニアナウンサー文化講演会。  
・立岩会館新築。  
・春日小学校体育館新築。  
・百年記念植樹(育成牧場内)。  
・自転車広場、運動公園に設置。  
・落部地区あかしや保育園新築。  
・10月、開町百年記念式典。 ・10月、札幌時計台、創建百年。
・NHK歌と民謡のつどい開催。  
・八雲青年会議所、さらんべ公園内にタイムカプセル埋設。  
・八雲町農業協同組合、立岩酪農公園開設、乳牛母子像建立。  
・百年記念回顧写真展および町民総合作品展開催。  
・国鉄八雲駅「開町百年記念急行券」発売。  
・11月、百年記念記録映画「やくも」制作。  
・野田生公園太鼓橋設置。  
・12月、野田生簡易水道落成。  
昭和54 1979 ・4月、山崎地区「はまなす保育園」新築。 ・1月、初の国公立大学共通一次試験実施。
・統一地方選挙、町長北口盛無投票当選(4期)、町議会議員牧野貞一以下26名当選。 ・2月、国体冬期大会スキー競技会、名寄市で開催。
・8月、八雲中学校改築工事起工式。 ・4月、道知事堂垣内尚弘当選(3期)。
・9月、桜野・わらびの両地区連絡「桜野大橋」完成。 ・10月、衆議院議員選挙、三区当選者、阿部文男・佐藤孝行・塚田庄平。
・町立病院改築起工式。  
・10月、栄浜地区「かもめ保育園」新築。  
・岡山県畜産公社北海道桜野牧場落成。  
・八雲小学校開校百年記念式典。  
・八雲自動車学校校舎新築。  
・名誉町民久保田正秋逝去、町葬執行。  
・日中交歓卓球大会開催。  
昭和55 1980 ・1月、ホクレン八雲飼料中継基地、野田生に設置。 ・2月、札幌出身彫刻家本郷新没す。
・2月、八雲町森林組合小径木処理施設工場落成。 ・3月、日韓漁業問題懇談会開催。
・3月、八雲小学校開校百年記念碑建立。 ・5月、韓国漁船の操業規制要求道漁民総決起大会、札幌で開催。
・7月、町営八雲温泉電話開通。 ・6月、八雲町出身、元労相、運輸相松浦周太郎逝去。
・八雲高等学校陸上競技部全道大会優勝。 ・8月、本道南西部豪雨。
・渡島地方消防訓練大会開催。  
・野田生小学校プール完成。  
・地籍調査開始。  
・8月、成人式を8月15日に改定。  
・移動知事室、さらんべ公園にて開催。  
・10月、第一三回国勢調査、世帯数6132、人ロ1万9819人。  
・道道八雲熊石線全面舗装完成。  
・落部小学校開校百年記念式。  
・11月、町営八雲温泉施設「おぼこ荘」完成、営業開始。  
・落部、川向橋完成渡橋式挙行。  
・八雲小学校増改築工事完成。  
・落部簡易水道拡張工事完成。  
・八雲漁港東防波堤灯台完成。  
・消防西分署庁舎落成。   
昭和56 1981 ・1月、山崎じんかい焼却場火入れ式。 ・1月、苫東基地に「いすゞ自動車」進出決定。
・農業改良普及所・林業指導所、旧渡島支庁税務出張所庁舎へ移転開所。 ・北方領土の日を2月7日と決定。
  ・大関貴の花引退、千代の富士大関昇進。
・2月、八雲中学校新校舎落成。 ・2月、ローマ法王、ヨハネ・パウロニ世来日。
・3月、雪印乳業株式会社八雲工場閉鎖。 ・3月、帯広空港開港。
・山崎地区沖合大規模増殖開発事業消波堤工事完成。 ・第二次臨時行政調査会発足。
・道酪農検査所八雲支所廃止、社団法人生乳検査協会道南事業所発足乳検業務継統。  
・4月、大関、山崎両中学校閉校、八雲中学校へ統合。 ・5月、函館捧二森屋、ダイエーと提携。
・公害防止法、振動騒音規制地域に指定。  
・日中農業技術交流協会招待にて中国遼寧省酪農実習生7名来町10月まで実習。  
・電々公社八雲統制無線中継所開設。  
・6月、社会福祉法人「八雲会」設立(12月認可)。 ・6月、函館市、テクノポリス候補地に選定。
・7月、教育長須田久助辞任、後任松崎忠行任命。 ・国家公務員定年法成立。
・農業委員会委員選挙、柴田富雄以下14名当選。 ・7月、大蔵省59年秋から“お札”の新券発行発表、福沢諭吉、新渡戸稲造、夏目漱石が登場。
・栄浜遺跡で縄文中期(4〜5000年以前)の人骨発掘。 ・千代の富士横綱に昇進。
・8月、八雲町元助役大塚卯次郎死去。  
・蕨野−上の湯広域基幹林道磐石岳線トンネル建設工事起工式。  
・9月、都市計画街路富士見線道路改良工事着工(62年度完成予定)。 ・9月、札幌五番館、ダイエーと提携。
・町立八雲病院改築工事完成(10月3日開院)。 ・ノーベル賞受賞者湯川秀樹博士逝去。
・11月、落部小学校改築工事完成。 ・10月、国鉄石勝線開通。
  ・北炭夕張炭鉱ガス突出事故、34人死亡、59人絶望。
・黒岩地区簡易水道工事完成。 ・11月、鈴木改造内閣発足。
・八雲駅前開発事業、駅前駐車場完成(90台)。  
・郷土資料館、縄文時代栄浜遺跡発掘展開催。  
・春日生活改善センター落成。  
・12月、山崎じんかい処理場破砕処理施設完成。  
・雪印種苗道南地区配送センター開設。  
・函館地方法務局八雲出張所新庁舎落成(栄町)。  
昭和57 1982 ・2月、八雲町国営総合農地開発事業促進期成会発足。 ・1月、森中学校の集団登校拒否解決。
・特別養護老人ホーム「厚生園」開園。 ・2月、東京・ホテルニュージャパン大火、32人死亡。
・4月、桜野小学校仮校舎にて開校。 ・福岡発日航機、羽田沖で墜落、24人死亡。
・町教委「郷土芸能育成保存会」発足。 ・3月、本道全域にM7・3の地震発生。
・6月、町立八雲病院歯科診療開始。 ・4月、500円硬貨発行。金売買開始。
・株式会社サンハイブ工業八雲工場開鎖。 ・グリーンカード制度3年間凍結。
・7月、町立八雲病院眼科診療開始。 ・6月、いすゞ自動車苫東工業基地で起工式。
・落部コミュニティーセンター起工式。 ・東北新幹線盛岡−大宮間開業。
・8月、農業従事者対象成人病総合検診を名古屋大学・同保健衛生大学医師団により実施。  
・従来の慰霊祭を改め、戦役者追悼式として実施。  
・9月、東雲町会館・立岩二区会館・上の湯会館落成。 ・7月旭川空港ジェット1番機就航。
・町議会定数削減条例可決、定敬24名となる。 ・8月、石狩湾新港開港。
・大新地区砂蘭部幹線排水路完成。 ・9月、小樽運河埋め立て決定。
・立栄橋渡橋式。 ・鈴木首相、財政非常事態宣言、人勧ペア凍結。
・10月、池泉回遊式庭園「梅村庭園」一般公開開始。 ・三越事件発生。
・道道八雲今金線全線舗装完成、着工以来19年目。 ・10月、北炭夕張新鉱7年三か月で閉山。
・北口町長・牧野議会議長小牧市親善訪問。 ・11月、社会党横路孝弘代議士党籍離脱、道知事選出馬正式表明。
・黒岩・山崎・東野の3漁港が第七次漁港整備計画に採択。 ・中曽根内閣発足。
・11月、桜野小学校新校舎完成。 ・12月、田中敏文元知事死去71歳。
・落部小学校体育館完成。 ・北海道交通事故死583名、8年連続全国一。
・相生公園完成。  
・浜松地区生活改善センターー落成。  
・八雲警察署野田生警察官駐在所新築。  
・12月、八雲町農協駅前店舗移転新築開店。  



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